昨日は韓国の対米関税交渉で、造船業が鍵を握っているというような話を紹介した。
韓国、対米関税交渉で造船分野の協力協議
2025年7月24日午後 4:47 GMT+92025年7月24日更新
韓国政府は、対米関税交渉で造船分野の提携について議論している。米造船所の近代化や米海軍艦艇の修理・整備への協力が含まれる可能性がある。複数の政府・業界筋が明らかにした。
ロイターより
実際にこうした報道が出ていることからも、韓国が造船業を“交渉の俎上”に載せるのはほぼ確実だと見られる。それは同時に、アメリカ造船業が深刻な苦境にあることを意味している。
アメリカの造船業って、そんな簡単に復活できるの?
なぜアメリカの造船業は衰退したのか?
まず前提として、韓国がどんな高度な提案をしても、それが実現可能でなければ交渉カードとしての説得力は持たない。
ところが、アメリカの造船業は数十年にわたり衰退を続けてきており、商船分野はもはや壊滅状態。軍需でかろうじて延命しているが、それすら人材と設備の限界で回らなくなっている。
コメントでも紹介戴いたが、それはアメリカ海軍自らが「もう現役艦を維持できない」と漏らすほどの惨状だ。

この構造的な衰退には、以下のような要因がある。
高すぎる賃金水準
アメリカでは熟練工(溶接工、鉄工、配管工など)の賃金が時給35〜50ドルに達し、韓国や中国と比べて2倍以上のコストがかかる。労働組合の交渉力も強く、工場側が柔軟な配置や賃金体系を導入するのは容易ではない。
若手人材の確保難
ブルーカラー職種の人気低下は深刻で、若年層はITやサービス業へ流れ、造船業に新たな労働力を供給する流れがほぼ途絶えており、「職人の高齢化」と「技術継承の断絶」が進行中である。
この辺りは日本も他人事ではないのだが、ギリギリ崖っぷちにいる感じかな。
それゆえの設備投資回避
アメリカのこのような人件費と人材リスクの高さが、逆に企業の投資意欲を奪い、老朽化した工場・非効率な生産ラインが放置され続けてきた。それに加えて軍需産業が喰わせてくれるという安易な考えが、競争の意欲まで失わせた。まさに、負のスパイラルに陥っている。
関税交渉においてこの問題の解決は不可避
韓国政府としては、アメリカ造船業がこのような構造のままでは、単に「工場を建てます」と宣言するだけで説得力を出せるとは思えない。
「韓米製造業ルネサンス・パートナーシップ」と称し、
- 米国内の修理・整備体制の強化
- 造船所の共同建設
- 技術支援と設計ノウハウの移転 などを提案。 → ロイター記事
韓国は、世界第2位の造船実績を持ち、かなり高度な設計ノウハウや艤装技術を持っているといわれているが、そういったものを提供したからといって、アメリカ国内での実装は困難。
「造る人」も「支える設備」も足りないのだから。
アメリカ側に、「そこはどうするのか?」と突っ込まれて、「それはアメリカの問題だからオマエが解決しろ」では関税交渉のカードにならないよね。
おそらくだが、韓国にはコレを解決するためのパッケージまで持ち込む必要がある。
韓国の構想は実現可能なのか?
つまり、現地の高賃金労働者を雇い、熟練技能を育て、物流や港湾まで一体化した「韓国式造船モデル」をアメリカで再現できるかといえば、答えは極めて慎重にならざるを得ない。
韓国は中国に次ぐ世界2位の造船大国。関係筋によると、提携が実現すれば、韓国企業が米国に投資し、修理・整備の支援を強化することになる。
韓国の通商関係者によると、同国は造船などの分野で「韓米製造業ルネサンス・パートナーシップ」を提案。米国は強い関心を示しており、韓国に対し共同で中国の造船業拡大に対抗することを呼びかけている。
ロイター「韓国、対米関税交渉で造船分野の協力協議」より
ロイターが紹介するように、韓国企業の技術力を持ち込み資金供与すれば可能性はある。
もちろん、韓国政府は輸出入銀行(KEXIM)や貿易保険公社(K-SURE)を通じて、金融面での支援パッケージを用意する見通しなので、短期的には形式的な成功(現地合弁や建設計画の立ち上げ)はあり得る。
しかし、問題は持続性と収益性である。
韓国側の造船企業が本当に余力を持って進出できる状態なのかという点には疑念があるからだ。
名だたる韓国造船業の実態はこんな感じ。
企業名 | 状況 |
---|---|
HD現代(旧・現代重工) | 海洋事業の損失が継続、2024年まで赤字基調。 |
ハンファ・オーシャン(旧・大宇造船) | 政府系銀行の救済によりハンファに売却。債務超過を経た統合再建中。 |
サムスン重工業 | 商船不振・長期赤字。構造改革と事業縮小を進行中。 |
こうした企業は、度々公金を注入して延命を続けてきた実態があり、民間単独では巨額投資に踏み切れる体力がない。だから今回のアメリカ進出構想にも、実質的には韓国政府の資金的な支援が不可欠なのだ。
このような構造的な課題が放置されたままでは、これらのプロジェクトは「外交交渉用の花火」に過ぎず、真の意味でアメリカ造船業を蘇らせることはできない。
トランプ氏が「それでOK」と判断すれば、関税交渉としては成立する可能性はあるが、韓国側として提示する外交カードとしては弱いと言わざるを得ないのである。
そして日本への教訓
翻って、日本側にも似たことが言える。
アメリカは現在、日本にも「造船技術の提供」や「工場建設支援」の打診を行っているとされている。しかし韓国の動きを見れば明らかな通り、技術だけを渡しても、現地の構造が変わらなければ成果は出ない。
このことは、造船業界は重々承知しているようだ。こちらの記事は昨日も引用したのだけれど。
トランプ関税の日米合意で造船業界に衝撃!今治造船が子会社化するジャパンマリンユナイテッドに政府が砕氷船の技術協力を打診
2025年7月23日 20:40
造船最大手の今治造船の檜垣幸人社長は7月23日の記者会見で、子会社化するジャパンマリンユナイテッドが日米交渉に絡んで、政府から特殊船分野の技術協力を打診されたことを明らかにした。(ダイヤモンド編集部 井口慎太郎)
関税巡る日米交渉の“台風の目”となった造船業の日米協力はいかに!?
「世界シェアが落ち込んでいる日本の造船業には米国に投資するお金はない。ただ、個々の企業で特殊船の分野で技術供与するとは聞き及んでいます」。
国内造船最大手の今治造船の檜垣幸人社長が7月23日に東京都内で記者会見し、日米関税交渉で注目される造船協力の進捗を明らかにした。
DIAMOND Onlineより
政府から打診があったと明かした日本造船業トップの今治造船は、「特殊船の分野で技術供与なら」と回答したが、「日本の造船業には米国に投資するお金はない」と切って捨てた。
これは逆に言えば「金さえあれば、やれる」という意味でもある。
日本政府は、「造船業を通じてどのような産業基盤・労働市場を再構築できるか」という視点を持って、「技術供与+人材育成+インフラ整備」の三位一体型のパッケージ提案が求められている。
実際に80兆円の投資という、実態の良く分からない話も付随しているだけに、こういった分野に資金注入することで利益確保し、日本にもリターンがあるような結果をもぎ取りたいものである。
構造解決は不可避
というわけで、日本にしろ韓国にしろ、対米交渉においてこの構造解決は不可避。
韓国政府は、日本の後追いで造船業という「国家戦略ツール」を携えて関税交渉に挑んでいる。が、アメリカの造船業が抱える構造的な労働・生産性問題と、韓国造船業自身が抱える赤字体質・政府依存構造という、双方の限界が浮き彫りになっていて、そこを解消しない限りは後追い交渉に説得力を出せないだろう。
もちろん、日本も他人事ではないんだけどね。
そして日本としては、アメリカにこうした造船技術を提示して造船業の問題を解決することで、軍事的な関係強化にも繋がるという利点があるだけに、韓国に競り負けることなく魅力的な提案をすべきである。コメントでも指摘戴いたけど、AUKUSなどの枠組みも利用しながら、トータルパッケージを提案するなど、韓国にはない強みを出すことができるのが日本の立場なのである。そこのところ、石破政権は分かっているのかなぁ。J + AUKASを提案しても良いんだぜ?
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