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タイとカンボジアの間で紛争勃発

アジア
この記事は約11分で読めます。

ニュースに触れた時には、ちょっとした衝突だと思った。だが、事情を調べて見ると、すぐに収まる気配はなさそうだ。

カンボジア首相“タイ側が停戦案応じず”主張 住民の被害拡大

2025年7月26日 5時38分

タイとカンボジアの国境地帯で続く両国の軍による武力衝突は25日も攻撃の応酬となり、住民の被害が拡大しています。カンボジアのフン・マネット首相は停戦案を受け入れたがタイ側が応じなかったと主張していて、事態の鎮静化はまだ見通せない状況です。

NHKニュースより

一体なぜこんな事になったのやら。

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積年の恨み

両国間の歴史的な諍い

衝突が続いている地域は数か所あるようで。

Bloombergより

この問題はどうやら過去の紛争に関わっているようだ。

<主な出来事>

  • 2008年:ユネスコがプレアヴィヒア寺院を世界遺産に登録(カンボジア申請) → タイ国内で反発が強まり、両国軍が国境に集結。
  • 2008〜2011年:複数回にわたり武力衝突が発生。砲撃、兵士や民間人の死傷、避難民の発生などが報告される。
  • 2011年:カンボジアがICJに再提訴。
  • 2013年:ICJが改めて、「寺院の周辺地域(崖上の台地)もカンボジアの主権下にある」と判断。両国に軍の撤退と協力を促す。

トラブルの元になっているのが、プレアヴィヒア寺院らしい。

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2008年に世界文化遺産に登録されたこのプレアヴィヒア寺院なのだが、ヒンドゥー教の寺院らしく9世紀頃にクメール人によって建設されたもののようだ。

ダンレク山地の海抜625mの断崖の頂上にあって、タイのアンコール・ワットからは北東120kmくらいの位置に存在するようだ。アンコール・ワットのアンコール遺跡もクメール人によって9世紀頃に建設された建築物なので、おそらくは関連する施設という扱いなのだろう。

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そして、建設されている位置がココなので、カンボジアに帰属するとは言われているのだが、タイ側も帰属を主張しているんだよね。1962年にはハーグの国際司法裁判所によってカンボジア領に属すると認められているんだが。

2008年7月8日に世界遺産登録

この紛争の遠因は実は、フランス領インドシナと日本にある。タイ・アユタヤ王朝とカンボジア・クメール帝国の戦いにより、アユタヤ王朝が勝利して首都アンコール・トムが陥落したのが1431年。その時にはプレアヴィヒア寺院はタイの領土になってしまう。

その後のカンボジアは衰退の一途を辿り、1863年にはフランスの保護国に。

で、なんやかやあって1904年のシャム・フランス条約の履行によってシャム王国(現在のタイ王国)はフランス側にメコン川右岸をフランスに割譲。その時にプレアヴィヒア寺院もフランス領土に。その後も帰属は様々な要因で揺れていたようだが、明確な決定はされなかったようだ。

これが明確になったのがタイ・フランス領インドシナ紛争(1940年)の決着がついて、日本の調停で東京条約(1942年7月)で、プレアヴィヒア寺院はタイに帰属することに。

しかし、1946年11月のワシントン条約の影響で、プレアヴィヒア寺院は未確定の土地になってしまう。1949年以降になるとプレアヴィヒア寺院はタイによて実効支配下に置かれることに。そして、タイとカンボジアでプレアヴィヒア寺院の帰属を巡って争い、その一定の決着を見たのが国際司法裁判所での決定が下る1962年のこと。カンボジアの帰属に決定する。

で、2008年にカンボジアが世界遺産登録をしたのだが、これをきっかけに両軍が衝突に至る。タイにしてみたら、ハーグでの決定も世界遺産登録にも納得いかないのだろう。実際に、2009年6月にはタイはユネスコに登録の見直しを訴えるに至る。2011年にはカンボジア側からも国際司法裁判所に調査依頼を。

ICJ提訴へ

で、両国間で燻っていたのだが、今年になってまた。

カンボジア、タイ国境紛争をICJ提訴へ 農産物輸入停止も

2025年6月16日 17:14

カンボジア政府は15日、タイとの国境紛争について、国際司法裁判所(ICJ)に、提訴に向けた公式書簡を送付した。タイで働くカンボジア人の帰国も促す。係争地での衝突に端を発する両国の争いは収まる気配をみせない。

カンボジアとタイの両軍は5月28日早朝、カンボジア北部プレアビヒア州とタイ北東部ウボンラチャタニ県とが接する係争地で交戦した。

日本経済新聞より

どうやら、タイもカンボジアもナショナリズムの象徴としてプレアヴィヒア寺院を位置づけているようで、それを巡って衝突。

それが、冒頭のニュースに繋がったというわけだ。

タイとカンボジアの国境地帯で、24日、両国の軍の間で武力衝突が起き、その後、カンボジア側からの砲弾がタイ側のコンビニエンスストアや病院付近に着弾するなど、衝突は国境地帯の各地に広がりました。

タイの保健省は、タイ側ではこれまでに地元住民11人、兵士1人のあわせて12人が死亡し、30人以上がけがをしたとしています。

これに対しタイ軍は、戦闘機でカンボジア軍の部隊を攻撃したとしていますが、カンボジア側の被害の情報は伝えられていません。

タイ政府は、国境に近い地域の住民に避難を呼びかけていて10万人以上の住民らが学校などに避難したと発表しました。

NHKニュースより

この争い、単なる領土問題ではないというところが、なかなか厄介なことである。

宗教が絡んでいるだけに、そう簡単に解決する話ではなさそうである。

追記

コメントを貰って「なるほど」と。

今回の騒ぎの中心部にいるということになっているプレアヴィヒア寺院だが、「宗教的な争い」に巻き込まれているといった論調で本文を書いた。実際、一部ではそのように報じられているしね。

ただ、件の寺院は、観光地にはなっているものの、どう見ても廃墟だ。

いや、完全に廃墟かと思ったのだが……。

肝心の寺院ですが、参道が真っすぐに約800メートル伸びており、その先に主祠堂があります。今も寺院として機能。信仰の対象になっていて、僧侶が在中し、参拝客が大勢訪れていました。

サライより

一部の情報では僧侶が在住しているというようなことが書かれているところもある。が、幾つかサイトを巡ってみても、詳しいことはさっぱりわからない。

こんな感じだから、てっきり廃墟かと思っていたけど。わかったことといえば、建設されたのはヒンズー教のための寺院だったのに、今は仏教の寺院扱いになっているとか。ただ、どうやら観光スポット的な雰囲気が強い。

したがって、「宗教的なトラブル」と書いたのだけれど、ちょっと説得力がない気はする。ただ、どうやら反体制派のシンボルになっているとか色々胡散臭い情報もあって、アイコンとして使われているという解釈はできるだろう。

だけど、それにしたって紛争にまで至るかというと、理由としてはかなり弱い。

結局、宗教色が見えはするが、本質的な部分は領土問題ということなのだろう。そして、両国民を刺激するのは文化的なナショナリズムだということなのかも知れない。

追記2

トランプ氏が介入したようだ。

タイとカンボジア、停戦協議の即時開催に合意 トランプ氏が発表

2025年7月27日午後 3:52

トランプ米大統領は26日、カンボジアとタイの首脳が直ちに会談し、早急に停戦を実現することで合意したと発表した。タイとカンボジアの軍事衝突は26日で3日目となり、これまでに30人以上が死亡している。

タイのプームタム首相代行はフェイスブックへの投稿で、トランプ大統領に謝意を示した上で、タイは「停戦に基本的に同意する」としながらも「カンボジア側の誠意を見たい」とも述べた。

トランプ氏はスコットランド訪問中、ソーシャルメディアに投稿し、カンボジアのフン・マネット首相およびプームタム氏と話し、国境紛争が続くようであれば、8月1日の関税発効を前にどちらとも貿易取引はしないと警告したと明らかにした。

その上で「両者とも即時停戦と和平を求めている」と述べた。

ロイターより

これで直ぐに紛争が収まるとも思えないが、一定のブレーキとして機能する可能性はありそうだ。

追記3

詳しい人の解説

世の中には詳しい人がいるもので。コメントで紹介して貰ったのだけれど、このポストがとても参考になった。

僕自身は、プレアヴィヒア寺院の奪い合いの歴史を起点として、宗教的側面があるだろうという体で記事を構成した。しかし、コメント頂いたようにこの問題は「宗教問題だ」と解いてしまうと情勢を見誤る可能性は高そう。実際に、プレアヴィヒア寺院は遺跡として観光資源に使われる側面が強く、両国とも宗教施設という扱いはしていないっぽい。

ではなんなのか?というと、アイコン的な意味合いが強く、ナショナリズムの盛り上がりによって衝突した国境問題だという理解の方がより正確なのだろう。

事態の全容

ポストの内容を元に、もう一度この事件の整理をしてみよう。

■発端(2025年5月28日)

  • チョーン・ボック地域(タイ・ラオス・カンボジアの三国国境地帯)で、カンボジア兵が塹壕を構築しているのをタイ軍が確認。
  • 両国間のMOU(相互不侵略合意)に反する行為であり、タイ軍が抗議 → 銃撃戦に発展 → カンボジア兵1名死亡

国民感情の悪化とトラブルの多発

  • プレアヴィヒア寺院(領有権争いのある寺院)問題が再燃。
  • 民間人同士の衝突やSNS上での対立が激化。

地雷事件(7月16日)

  • タイ領内の481高地でタイ兵が地雷を踏み負傷
  • 地雷は近年製造のPMN-2等であり、カンボジアによる近年の埋設疑惑が浮上。
  • 両国とも加盟するオタワ条約(対人地雷禁止)違反の可能性があるとして、タイがカンボジアを強く非難。

軍事衝突(7月24日)

  • ムアントム寺院付近で、ドローン・武装兵の確認などを巡り、タイとカンボジアの間で武力衝突
  • ロケット弾が民間施設を直撃しタイ側で民間人死傷多数発生
  • タイはF-16戦闘機で報復攻撃を実施。

両国の主張(食い違いあり)

  • タイ側:ドローン・武装兵を確認後、一方的に攻撃を受けたので反撃した
  • カンボジア側:タイが先に鉄条網設置や威嚇発砲など挑発行為をした

現在の状況(7月24日時点)

  • 両国でフェイクニュースや情報錯綜が多発
  • 武力衝突が拡大する恐れが高まっており、緊張は頂点に
  • タイは国際社会・国連に訴え、カンボジアの行為は戦争犯罪であると主張。

背景にある根深い対立

  • プレアヴィヒア寺院のICJ判決(カンボジア領とされた)が、タイでは不当だと広く認識されており、ICJへの不信感も根深い。
  • 感情的・民族的対立が再燃し、冷静な対話が困難な状況に。

問題になっているポイント

記事の本文でも書いたし、コメントでも指摘されているのだけれど、結局のところプレアヴィヒア寺院のICJ判決の正当性が問題だということになる。

これは、ポイントが2つあって、1つはICJ判決の判断が間違った資料に基づいて行われたと言うこと。これはICJも認めていて、ICJは領土の画定にあたり「分水嶺(山脈上の雨水の分かれ目)」を基準としたけれど、ICJが使った地図の分水嶺の認定に明確な誤りがあったことが後に学術的に判明している。この誤りをタイ側が指摘した際に、「もう遅いよ」とICJが判断したらしい。

もう1つのポイントは、文化的な側面として、そもそもプレアヴィヒア寺院は歴史的に見てクメール王朝によって建設されたということ。

クメール王朝の版図
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現状の国境と寺院の位置

そして、クメール王朝の正当承継者はカンボジアであると主張されているが、件の寺院はアユタヤ王朝の手に落ちてから、アユタヤ王朝の所有物として整備されているんだよね。

アユタヤ王朝の版図

そして、プレアヴィヒア寺院は断崖の上にあり参道・アクセスルートはほぼすべてタイ側から繋がっていて(現在はアクセスが難しい)、地理的・文化的にはタイ側から維持・管理・利用されていたという事実がある。

タイにしてみたら、「アレは元々、ウチの文化遺産だよ」という風に整理されているわけで。そこが衝突のポイントなのである。

とはいえ、国境を今更引き直すというのもまた、なかなか難しい話で。このご時世で、武力によって国境が変更されたなんて展開は、国際的にも理解されない。簡単に解決する問題ではなさそうだよ。

カンボジア側の事情

大枠としては、割とナショナリズムの象徴的な扱いをされやすいプレアヴィヒア寺院の帰属問題が利用された感じが強いということなんだけど、じゃあ一体何が起きているのかを色々調べてみると、こんなニュースが。

「一族支配」強まるカンボジア 野党党首、言論封殺の現状を訴え

2024年2月9日 8時00分

言論の自由をはじめ、カンボジアの民主主義をめぐる状況は、悪化の一途をたどっている――。同国有力野党・キャンドルライト党(CP)のティアウ・ワンノル党首(68)が2月上旬に来日し、朝日新聞の取材にこう語った。昨年8月、38年にわたって政権を率いたフン・セン氏が首相を退任し、権力の座は長男のフン・マネット氏に「世襲」された。今月25日の上院選ではフン・セン氏が議長に就く見込みで、一族支配の強まりが危惧される。ワンノル党首にカンボジアの現状を聞いた。

朝日新聞より

首相の座にフン・マネット氏が、というところが問題視されているらしい。

正直、カンボジアの首相が誰になったか?などというニュースは掴んでいなかったので、「そうなんだ」という感想しか出てこないのだが、随分と独裁色が強い人物が首相になったらしい。

そもそも、フン・セン氏が38年も首相をしていたのだから、その世襲で長男が権力の座についたところで、大きく変わったとは言えないと思わなかったんだけど。

父の強権、親中路線踏襲 在日活動家も弾圧対象に―フン・マネット政権1年・カンボジア

2024年10月20日06時52分配信

カンボジアのフン・マネット首相が新政権を発足させてから1年以上が経過した。父のフン・セン前首相が進めた強権政治や親中路線は踏襲され、反対派への弾圧は在日活動家らも対象になっている。

時事通信より

で、傾向としては支那からの支援をお願いしつつ、ナショナリズムを高めるような方針を採っていると。

決定的な情報には触れられていないのだけれど、この辺りが遠因になっている可能性はあるんだろうね。

コメント

  1. BOOK より:

    プレアヴィヒア寺院は確かに宗教施設だけど 今はカンボジア・タイの(最多人数宗教である)上座部仏教の
    同じ宗教の信徒の信仰集める寺だし
    これは宗教的な諍いなのか疑問があります。
    って追加情報希望m(_ _)m

    BOOKとしては これは
    カンボジア植民地返還した時のカエル食いの いい加減な国境引きに根本問題があって

    ついでに少し前のタイ首相のチョンボ等のため
    カンボジア・タイ両国が内政的に妥協しにくい時期に起きた小競り合いなので
    ややこしくなってると認識してたのですが
    https://m.youtube.com/watch?v=2rJROQ-jsPM

    • BOOK より:

      と言うか そもそもプレアヴィヒア寺院て、現在でも宗教施設として機能してます?

    • BOOK より:

      追記ありがとうございます。僧侶が居るなら宗教施設の機能も残ってる訳ですね。
      まあタージマハルやアンコールワットも薄まってても同じな訳だし(^-^;

      しかし宗教対立と見るのは無理があり過ぎると愚考致します。

      私もWikipediaレベルですが少し調べると、プレアヴィヒア寺院 建立はカンボジアのアンコールワット建設にも関わった12世紀のクメールの王様がヒンズー寺院として作った。(その後 地域でヒンズー教は廃れ仏教寺院に改修)

      これは碑文に証拠もあるし寺院の帰属をカンボジアとするICJ裁定にタイもタイして文句付けてない(笑)
      しかしその後のユネスコ世界遺産登録にはタイはクレーム付けた。

      以下詳しく調べ切れて無いけど理由は想像つく。

      世界遺産登録されるとカンボジアに維持管理義務が生じる。

      これ即ち、なし崩し的に、寺院の周辺地域や管理者(僧侶達とか?)の帰属をカンボジアとする。
      即ち国境を
      国連下部組織に過ぎないユネスコが国連を代表してカンボジア領として認めるて事になる。

      元々土地の帰属や実効支配で決着付いて無い、即ち国境をなし崩し的に分捕ればそりゃタイは怒るよね。

      …申し訳ありません、この推定タイ寄り過ぎますm(_ _)m
      ICJ裁定や世界遺産登録にはちゃんと根拠があるはずで こちら調べ切れて無いのが原因と思います。

      ただICJ採点や世界遺産登録は数十年前に成されていて、即ち御紹介頂いた僧侶の方々の帰属や、遺跡維持管理の方々やインフラ帰属は、現在カンボジアでしょう。

      この話題の他の報道等みても、このカンボジア僧侶に対立するタイ側 僧侶 宗教組織が全く見えず
      今回のタイ・カンボジアの揉め事の理由に
      宗教的確執は無関係か、あったとしても微々たるモノと愚考致します。

      • 木霊 木霊 より:

        追記で整理直しましたが、宗教対立と解くのは誤りで、ナショナリズムの対立という構図のほうが近いのでしょう。
        もう少し掘ってみますが、どうやらカンボジア側の情勢不安が関係しているみたいですね。

    • 木霊 木霊 より:

      追記しようと調べましたが碌な情報を出せずに申し訳ない。

  2. 七面鳥 より:

    こんにちは。

    当初、件の寺院周辺のみの話かと思いきや、国境線全般が危険地域だったとは。

    こんなポストがあって勉強になりました。
    https://x.com/JGSDF_YTS_X7/status/1948357299065811201

    それから、寺院周辺の分水嶺に関しては、カエル喰いのずさんな地図と、当時のタイのやる気の無さが遠因かも。

    トランプ氏の活躍(?)で、なんとか鎮火してくれるというのですが。
    ※そうでないと、東南アジアが不安定だと、めぐりめぐって支那が太る。
    ※トランプ氏は、イラン・イスラエル&タイ・カンボジアでノーベル平和賞もらってもおかしくない(あくまで、功績だけを見れば)。