丁度話題が出たので、こちらも少し掘り下げておこう。別記事のコメントにも非常に示唆に富んだ内容を戴いたし、折角なので整理したいと思った次第。
AUKUS堅持で英豪合意 50年間、米政権に歯止め
7/25(金) 18:36配信
英国とオーストラリアは25日、シドニーで外務・防衛閣僚協議(2プラス2)を開き、オーストラリアに原子力潜水艦を導入する安全保障枠組みAUKUS(オーカス)を50年間堅持していくことで合意した。26日にこれを盛り込んだ条約に署名する。トランプ米政権は原潜供与計画の見直し作業に着手。英豪が結束して、米国が枠組みから離脱しないよう歯止めをかける狙いがある。
Yahoo!ニュースより
そこ、自分で話題を振って、自分で記事を書くマッチポンプとか言わないように。それと、タイトルがかなり夢想的になっているけれども、「できたらいいなー」くらいの話ではある。
AUKUSは今、なぜうまくいっていないのか?
オーストラリア側の政治と人材の課題
さて、冒頭に紹介したように、2021年に発足した米英豪の安全保障枠組み「AUKUS」の枠組みでオーストラリアに原子力潜水艦を導入しようという話が進んでいることは周知の話。
だがこのAUKUS、当初こそ戦略的インパクトをもって受け止められたが、現実は理想通りには進んでいない。中核に据えられた原子力潜水艦(SSN-AUKUS)共同建造計画は、すでに複数の遅延や不協和音に見舞われており、三国の足並みの乱れが目立ち始めている。

オーストラリアは現在、老朽化したコリンズ級潜水艦を代替する原子力潜水艦の導入に向けてAUKUS体制を軸に据えている。船体腐食が見つかってさっさと更新しないと、防衛網に穴が開きかねない状況だからね。でも、国内では原子力に対する根強い慎重論や、建造に必要な高度技術者・熟練工の不足が指摘されており、納入開始予定の2030年代後半までに体制が整うかは不透明。
何とも嘆かわしい話である。
2024年のオーストラリア政府監査院(ANAO)の報告では、「造船インフラ整備の遅延」と「契約管理能力の不十分さ」が早くもボトルネックとして警告されていた。これは、AUKUSが軍事同盟以上に“産業連携”であることの難しさを浮き彫りにしていると思うんだ。要は、オーストラリアに魏十つ提供しても「本当に作れるの?」という話なんだよ。
イギリスの造船業界も先行きが怪しい
一方、共同建造国のイギリスも理想的な支援国とは言い難い。
BAEシステムズを中核とする英造船業は、トライデント更新(Dreadnought計画)やType 26フリゲート建造など大型案件を複数抱えており、人的・設備的リソースに余裕がない。さらに、工場設備の老朽化や熟練工の継承不足が問題視されており、新型原潜を大量建造するキャパシティは限界に近い。
英国の軍艦生産を強化
世界の安全保障見通しの不確実性が高まる中、英国に対する国家および非国家からの脅威が増大していることから、英国軍は即応態勢、兵力、そして火力を強化する必要がある。
~~略~~
英国は歴史的に強力で革新的な造船産業を誇っていますが、海軍造船産業基盤の規模と力は低下しています。現在、軍艦の生産が再び増加し、さらに増加が必要になる可能性も十分にあります。英国政府が国の造船産業がこの状況に対応できるよう、できること、そしてすべきことは数多くあります。
geostrategy.org.ukより
全体的な印象として、イギリス造船業はアメリカよりはややマシな印象は受けるのだけれど、技術力としてはおそらくアメリカの方が上。特にアメリカの造船技術は高度な軍用の艦艇を作る能力は高いし、ノウハウもある。更に、トータルで考えればアメリカの方が資金力も高い。
ただ、単純に産業基盤自体が緩んで、支えるべき技術者の老齢化が進んでいることが両方の業界の共通した課題であるといえる。つまり、アメリカにしてもイギリスにしても、オーストラリアに導入するための潜水艦を作るだけの余裕がないというのが現状なのである。
そうすると、現状ではオーストラリアに原子力潜水艦の建造をさせるしかなく、実際に後続艦に関してはそのようなスケジュールになっているはず。
アメリカもリード役になりきれない現実
では、主軸であるハズのアメリカは?というと、ここもかなり不安が残る。
トランプ政権、AUKUS見直し 豪州の原潜購入に影響か
2025年6月12日午前 8:01 GMT+92025年6月12日更新
トランプ米政権は、バイデン前政権がまとめた英国・豪州との安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」について、豪州が原子力潜水艦を購入する協定を見直す作業を正式に開始した。
米国防当局者がロイターに明らかにした。
豪州は中国の軍事力拡大を巡る緊張が高まる中、自国の防衛で原潜を重視しており、米国の動きを警戒する可能性が高い。また、AUKUSは英国の潜水艦隊増強計画でも中心的な役割を果たしており、英国の防衛計画に支障を来す可能性がある。
ロイターより
特にトランプ氏の判断は、AUKUSの存続自体も危うくするような話に繋がる。ただ、このようなトランプ氏の発言は、何も根拠がないというわけではない。

こちらの記事にも触れたが、アメリカ造船業はかなり危機的な状況にあって見直し急務の状況だ。
米海軍の新造空母や潜水艦「一部溶接に欠陥の可能性!」この件の背後にある深刻な問題とは?
2024.09.30
アメリカ海軍調査研究所の公式ニュースサイト「USNIニュース」は2024年9月26日、ニューポート・ニュース造船所で行われた現役の海軍潜水艦や空母の部品の溶接に欠陥があった可能性があると、司法省に通報したと報じました。
~~略~~
アメリカの造船業はコロナ禍以前から、熟練工の引退と若者の不足による人手不足に悩んでおり、これが新造艦の建造の遅れなど、目に見えた影響として出ています。
乗り物ニュースより
その惨状は目に見えた形で表面化しつつある。こんな状況で、潜水艦建造のバックオーダーも積み上がっているというのだから、とてもオーストラリアの原子力潜水艦まで手が回らないのが実情である。
実際、バージニア級の建造工場であるニューポート・ニューズ造船所も、近年の工程遅延を改善しきれず、2024年の米会計検査院(GAO)報告では「調達計画と現実のギャップ」が顕著であると記された。
というわけで、AUKUSは課題山積状態なのである。
日本の造船技術は“余力”があるのか?
日本はもがみ型護衛艦を提案しているが
ところで、話がやや逸れるが、現在、日本はオーストラリアに次期フリゲート艦としてもがみ型護衛艦の提案を行っている真っ最中である。
スケジュール的には今年の年末に結論が出るので、日本としてはこの商機を逃したくないというのが本音。これは、日本の安全保障にも大きく関わる話でもある。
もがみ型護衛艦をオーストラリアで建造するにあたっては、建造する11隻中3隻が日本国内で建造され、残りをという話になっている。
<独自>「もがみ型」護衛艦を豪州に派遣へ 実物で総額1兆円の輸出受注に売り込み攻勢
2025/2/11 17:06
政府が、海上自衛隊の最新鋭護衛艦「FFM」(もがみ型)を近くオーストラリアに派遣する方針を固めたことが11日、分かった。
~~略~~
オーストラリアは老朽化したフリゲート艦を新型艦11隻に置き換える計画で、総額は111億豪ドル(約1兆円)を見込む。11隻のうち3隻を先に共同開発国で生産し、残りをオーストラリア国内で建造する。今年中に共同開発国を決め、2029(令和11)年の納入開始を予定している。
産経新聞より
オーストラリアの造船技術もそれなりのレベルにはあるが、それはあくまで軽量の船舶に関してということであって、重量級の船舶に関してはノウハウが不足している。前出のそもそもの建造能力の不足ということも含めて不安が残るので、三菱重工が関与することで技術供与に加えて現地での指導を含めてオーストラリア造船業の技術の底上げということを狙っている。
こうした技術向上は、日本の防衛産業にもプラスになるし、防衛政策にとっても大きな意味がある。更に造船業の底上げが潜水艦建造技術への足しにもなる可能性がある。
もちろん、潜水艦建造技術は護衛艦のそれとは趣の異なる技術ではあるのだが、三菱重工はその技術を持っているのだから、パッケージとして提案することは可能。
つまり、AUKUSに日本が参加してオーストラリアの潜水艦建造技術の底上げに寄与するというシナリオは考え得る話なのである。
そして、恐らくその提案はアメリカとの対米関税交渉にも刺さる。
肝心の余力はあるのか
三菱重工は潜水艦・護衛艦の両方を製造中
AUKUSが直面する最大の課題が「造船能力の不足」であるならば、日本の存在感がここで改めて注目されてもよい。特に、三菱重工業や三井E&Sといった大手防衛造船メーカーは、海上自衛隊向けに高性能な護衛艦や潜水艦を長年にわたって量産してきた実績を持つ。では、日本にはAUKUSを支援する“余力”があるのだろうか?
日本の防衛造船は一社集中ではなく、分散型の体制が敷かれている。三菱重工(神戸造船所)では、海自向けの「たいげい型」潜水艦の建造を続けており、技術的にも極めて高い水準にある。ステルス性、電動化、航行性能のいずれにおいても、世界的に見て遜色ない技術力を有している。
また、三菱重工と三井E&Sは「もがみ型(FFM)」護衛艦の建造でも提携しており、国内向けの量産体制を整えてきた。1隻あたり約4500トン級でステルス性を重視し、建造コストも抑えられている。この“高性能・低コスト・短納期”という組み合わせこそが、日本造船の武器である。
潜水艦建造ラインには若干の余裕も
海自の潜水艦定数は22隻で固定されており、新造艦は退役艦との置き換えに過ぎない。このため、建造ラインは「過密」ではなく「安定運用」に近い。
また、民間商船と異なり、防衛用途の艦艇は輸出に慎重だったが、防衛装備移転三原則のもとで出口戦略が徐々に広がりつつある今、日本の技術が“外に出る”土壌も整い始めている。これが、後述する「オーストラリアへのもがみ型提案」や、潜水艦技術の供与構想ともつながってくる。
たとえば、日本製潜水艦の静粛性や運用信頼性は世界トップクラスとされており、すでにオーストラリアを含む複数国が興味を示している。事実、AUKUSに先んじて日本が参加していた「SEA1000計画」(豪次期潜水艦選定)では、三菱重工・川崎重工・防衛省がタッグを組んで候補入りしていた実績がある。
尤も、川崎重工は先日、防衛費絡みのやらかし実績があるので、順風満帆と言い難い側面があるのは事実だが、英米よりも余裕があると見て良いだろう。
技術水準と信頼性は高評価
つまり、日本には「技術がある」「実績がある」という状況で、余力についてはやや疑念はあるが、三菱重工と川崎重工の造船スケジュールを調整すれば、多少は捻り出せる可能性はある。この辺り、整理する必要があることは以前から指摘されていたしね。
そんなわけで、AUKUSの造船課題を補完するポジションとしては日本は極めて適任であるということになる。
まあ、ここのポジション争いに出てくる可能性があって、それなりの能力を持っているのが韓国造船業なんだが。
日本はAUKUSに“静かに”加わるべきか?
政治的・法的ハードルは高い
もがみ型護衛艦の輸出提案に始まり、三菱重工による造船技術の供与、さらには将来的な潜水艦建造能力の底上げ――日本がオーストラリアに提供できるカードは、単なる「兵器輸出」にとどまらない。AUKUSの本質的な課題が造船能力と技術継承にあるならば、日本の役割は思った以上に大きい。
もちろん、日本が正式にAUKUSへ「加盟」するには政治的・法的ハードルが存在する。秘密情報の共有や作戦統合といった安全保障協力の深度を考えれば、憲法や外交政策の枠組みを再調整する必要も出てくる。更に、非核三原則などという妄言にしがみつかれていることに邪魔されていることで、原子力潜水艦建造に手を貸すということを難しくしている。
だが、技術協力、特に造船技術の移転や指導という形であれば、現行の防衛装備移転三原則の枠内でも十分に可能である。そして、オーストラリアが実際に日本の護衛艦や造船技術を採用すれば、それは実質的な「準メンバー」としてのAUKUS関与を意味することにもなるだろう。
「無理に加盟せず、静かに入り込む」という選択肢
米英豪の足並みが揃わない中で、誰かが“静かに”実務を補完することが求められている。その役目を、過剰な政治的主張をせず、地道に実力で応えていく――それこそが日本の真骨頂なのかもしれない。
AUKUSは確かに「核潜水艦同盟」の色合いが強い。だが、その建造体制を支える技術基盤の強化がなければ、いかに理念が立派でも現実は動かない。だからこそ今、日本の“静かな参加”を実現する余地があるのである。
コメント