ここのところ、動向がやや怪しかった感じではあったが、韓国は明確にレッドチーム入りするのだろう。
韓国大統領が上海の臨時政府跡を訪問 対日関係巡り中韓に思惑の差も
2026年1月7日 19時56分
訪中した韓国の李在明大統領は最終日の7日、日本の植民地時代に朝鮮の独立運動家らが上海に樹立した「大韓民国臨時政府」の庁舎跡を訪れた。中国側には歴史問題での「対日共闘」に利用したい思惑があるとみられるが、韓国側には良好な日韓関係に不必要な影響を与えるのを避けたい思いがにじむ。
朝日新聞より
韓国大統領の李在明氏(ミョンミョン)にとって、未だ「バランス外交」という幻想を抱いてはいるようだけど、「ルーツ」という名の物語は捨てることはできないらしい。
ナラティブ全開で政権維持に邁進
大韓民国臨時政府の物語
何のことかと言えば、臨時政府の話である。
日本では既に知られた話だと思うが、大韓民国臨時政府とは、かつて上海に存在した反日テロ組織である。統治する土地はもちろん国民もいない、でも「政府」を名乗るのだから烏滸がましい。だいたい、上海に設立してどうするよ……。
簡単に概略を押さえておくと、以下のような経緯を辿っている。
- 1910年の朝鮮併合に対する反対派が集まって盛り上がった3.1独立運動(1919年3月1日)で、独立を宣言
- 1919年4月10日に、上海で臨時議政院を設立。臨時政府樹立の宣言を行い、李承晩が大統領に選出される
- 1919年4月には、平安道の新韓民国、京城の臨時政府、シベリアに大韓国民議会など独立派の組織が乱立するが、やがて上海の臨時政府に統合されていく
- 1919年9月に、国務総理に李東輝が選出される
- 1920年に、李東輝は臨時政府を去り、李東寧・申圭植・盧伯麟が国務総理代理を引き受ける
- 1925年3月に、朴殷植を大統領に選出(初代の李承晩は弾劾された)、同年7月に「病死」。以降、短期間で3人の大統領が次々選出される
- 1926年12月に、金九が第6代大統領に選出。金九内閣が構成される
- 1927年に、集団指導体制に移行
- 1937年8月に、南京で韓国独立運動団体が合流し、韓国光復運動団体聯合会が設立される
- 1945年8月に、朝鮮半島の北緯38度以南がアメリカ軍に占領された際、臨時政府は政府承認を否定される
- 1948年8月15日に解体され、大韓民国政府樹立と共に李承晩が大統領に
要するに、コミンテルンの影響下で形成された「独立運動クラブ」的なテロ組織、それが大韓民国臨時政府の実像である。初期は独裁的共産主義色が強く、後に集団指導体制へと移行した。
それ故に、アメリカからは政府承認を否定されている。
組織の民主化移行は困難で、韓国の初代大統領には李承晩が選出されたものの、結局は軍事政権的性質が維持され、完全民主化はずっと後のことになる。
大韓民国の憲法には明記
ただし、韓国政府は憲法において、この大韓民国臨時政府こそが正当な政府であると位置づけている。結果として、「建国は1919年4月10日」というナラティブが国内では公式扱いされている。
大韓民国憲法[全文改正1987.10.29憲法第10号]
前文
悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は3·1運動により建立された大韓民国臨時政府の法統と不義に抗拒した4.19民主理念を継承し,祖国の民主改革と平和的統一の使命に立脚し, 正義人道と同胞愛により民族の団結を強固にし全ての社会的弊習と不義を打破し自立と調和を基礎とする自由民主的基本秩序を更に確固とし政治,経済,社会,文化の全ての領域において各人の機会を均等にして能力を最高度に発揮させ自由と権利にともなう責任と義務を完遂させ内には国民生活の均等な向上を期して外には恒久的な国際平和と人類共栄に貢献することにより我らと我らの子孫の安全と自由と幸福を永遠に確保することを誓い1948年7月12日に制定され8次にわたって改正された憲法をここに国会の議決を経て国民投票により改正する。
justiceより
しかし、国際社会における大韓民国の建国は、あくまで1948年8月15日であり、1919年建国説は承認されていない。
それでもなお、ミョンミョンが臨時政府に執着する理由は明白だ。韓国左派勢力の感覚としては、極めて自然な行動なのである。
上海市の地元政府などによると、臨時政府は1919年に樹立され、庁舎は26~32年に使われた。今年は庁舎の設置から100周年にあたる。中国側の発表によると、李氏は5日の北京での習近平国家主席との会談で、跡地の保護に対して感謝を伝えたという。
朝日新聞「韓国大統領が上海の臨時政府跡を訪問~」より
彼らは、史実よりも「物語性」を重視する。
このタイミングで反日を鮮明にするのは正解か
日本人の感覚はさておき、韓国にとって反日姿勢を前面に出し、支那と手を組む姿を演出することが得策なのかは、正直よく分からない。だが、経済面で見れば韓国にとって支那は容易に切り離せない相手。地政学的な意味でも慎重になりたいという気持ちは理解できる。
だが、この外交姿勢に対して、最も不快に感じているのは、恐らくアメリカだろう。トランプ氏は、静かにキレているのではないか。
在韓米軍基地は現在も健在で、対北朝鮮の最前線基地という位置づけにある。しかし、韓国政府の協力姿勢は乏しく、とりわけ左派政権下では露骨に冷遇されがちだ。
先日報じられた以下の件も、その象徴と言える。
基地関連事業における詐欺は珍しい話ではないが、在韓米軍が恒常的に「カモ」にされているのは事実だ。燃料納入や武器調達を巡る不祥事も過去に繰り返されてきた。
特に問題なのは、同盟軍の基地を標的にする点である。これは駐中軍基地を食い物にするのと同レベルで、最悪の部類だ。
尤も、自国軍にも似たような扱いをしているのだから、左派特有の判断と見るべきかもしれない。
いずれにせよ、韓国の同盟国の立場としてアメリカにとって、こうした態度は非常に悪印象をもたらすものであることは確実だ。
さらに、反日姿勢の強調は、在韓米軍の兵站を担う在日米軍基地との関係悪化にも直結しかねない。
反日プロパガンダに利用される
更に、こんな指摘が。
中国メディアの報道では、今回の訪問を中韓共闘の象徴ととらえる報道が目立った。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は6日の社説で「(中韓)共通の歴史の記憶は、戦後国際秩序の維持や歴史的正義の擁護などにおいて、両国に共通認識をもたらしている」とした。
朝日新聞「韓国大統領が上海の臨時政府跡を訪問~」より
今回の臨時政府跡地訪問は、支那にとって抗日共闘を内外に示す絶好のプロパガンダ材料となった。
支那における反日・抗日活動は、国内世論のガス抜きとして極めて重要な役割を果たしている。「我々は世界の悪と戦っている」という物語を、人民に供給する装置だ。
そういえば、支那報道部は昨日も、なかなか香ばしいポストを垂れ流していた。
どれほど世論に影響するかは別として、「そういうことにしたい」という意図だけは、よく分かる。
まとめ
支那と韓国との首脳会談が行われ、ミョンミョンは国賓待遇で迎えられたそうだが、しかし、今回の上海訪問が示したものは明確である。
それは、韓国が外交上の利害ではなく、国家の「物語」を軸に立ち位置を選びつつあるという事実だ。
臨時政府の法統を強調する行為は、米国の同盟管理、そして日本の安全保障構造に対し、極めて扱いにくいシグナルを発する。
韓国は確実にレッドラインを超えて東側に近づいたのだ。
その先に何があるのかは分からないが、日本としては「元に戻るはずだ」という期待を前提に安全保障を組み立てる段階は、とうに過ぎている。日本の防衛線の引き直しは急務だ。





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