今回のケースは、公安が「仕事をした」事案ではある。ただし、この種のトラブル自体は決して珍しいものではない。
ロシア元職員とメーカー元社員、営業秘密漏洩容疑 「スパイ」か
2026年1月20日 14時00分
ロシアの政府関係者に対して、首都圏の工作機械メーカーの元社員が営業秘密を伝えた疑いがあるとして、警視庁が捜査していたことがわかった。
朝日新聞より
警視庁公安部は優秀だと言われる一方、慢性的な人手不足と、スパイ行為を直接処罰する法整備の欠如により、常に「できることしかできない」立場に置かれている。
- 「スパイ事件」と報じられたが、実態は営業秘密漏洩という不正競争防止法事件
- スパイ防止法不在が生む“歪な立件”と捜査の難しさ
- 国益を守るために必要なのは煽りでも万能法でもなく、証拠と法に基づく冷静な司法
スパイ事件かそうでないか
事件の概要
少しこのニュースを掘り下げていこう。
構図としては、ロシア国籍のスパイが元会社員から営業秘密を買い取るとして、金銭の授受が行われた案件である。
公安部は20日、ロシア国籍の30代の男と、元社員の30代の男を不正競争防止法違反(営業秘密の開示)の疑いで東京地検に書類送検し、発表した。捜査関係者によると、元社員は容疑を認めているという。
朝日新聞「ロシア元職員とメーカー元社員~」より
今回、情報を引き出そうとしたロシア人は、ウクライナ人を名乗ったらしいいが、その実態は在日ロシア通商代表部の元職員であった。そして、ロシアのSVRの諜報員であった疑いが持たれている。
一方で、漏れた情報は製品のアイデアなどである。
公安部によると、送検容疑は、2024年11月と25年2月、元社員の勤務先で開発・販売を検討していた製品のアイデアをロシア人の男に口頭で伝えたというもの。工作機械メーカー側は営業秘密として管理していたという。
朝日新聞「ロシア元職員とメーカー元社員~」より
何処までが秘密なのか?企業次第という面はあるが、製品アイデアはアウトであるケースが多い。確実にアウトになるのは顧客情報などだが、流石にそれに引っかかる人は少なかろう。
実は不正競争防止法違反が問題となった事件
というわけで、今回の話は在日ロシア通商代表部の元職員が関わっていたことが問題視されたけれども、事件の構造的には会社の機密を売ってしまった不正競争防止法違反事件であった、
同社は軍事転用可能な製品も扱っているが、元社員が漏らしたアイデアは軍事転用できるような内容ではなかったという。元社員は公安部や会社に漏洩を認めた後、自主退職した。
朝日新聞「ロシア元職員とメーカー元社員~」より
朝日新聞は「スパイか」と煽りの文句を入れているが、実際にはスパイ事件とはならなかった。
「軍事転用できる内容ではなかった」という評価は結果論にすぎず、当初はスパイ活動の一環である可能性を排除できなかった、というのが実態だろう。結果として、国内法で処理可能な不正競争防止法違反に落ち着いた、という話である。
金銭の授受がなければ、不正競争防止法違反も問えなかったのだ。
スパイ防止法がない
立件には至ったが
さて、そこで考えていきたいのは事件の推移だ。
おそらくは、在日ロシア通商代表部の元職員は公安部にマークされていた人物で、その監視対象に接触した元会社員(容疑者)がいて、金銭の授受を確認したから事件化したという構図だろう。
スパイ疑いロシア元職員書類送検 メーカー機密情報入手か、警視庁
2026/01/20
首都圏の工作機械メーカーから機密情報を引き出したとして、警視庁公安部外事1課は20日、不正競争防止法違反(営業秘密開示)容疑で、いずれも30代男性の在日ロシア通商代表部元職員=ロシア国籍=と、メーカー元社員を書類送検した。
NEWS jpより

書類送検されたのは在日ロシア通商代表部元職員とメーカー元社員で、罪状は不正競争防止法違反となった。
元社員の書類送検容疑は2024年11月と25年2月に首都圏の飲食店で、不正な利益を得る目的で営業秘密に当たる勤務先の新製品開発に関する情報を元職員に口頭で伝えた疑い。元職員は共謀したとされる。
NEWS jpより
アウト判定できたのは、現金70万円を渡した事実を把握したからだろう。
大川原化工機事件
さて、少し話が脇に逸れるが、この記事の中で出てくる「大川原化工機事件」について、少し触れておきたい。
大川原化工機事件は、噴霧乾燥機を製造する大川原化工機が、輸出してはならない機械を輸出したかどうかが公安によって調査され、それに関する冤罪を産んだという事件である。
元捜査幹部ら3人に賠償金負担を 都監査委員が警視庁に勧告―大川原化工機冤罪
2026年01月16日19時30分配信
機械メーカー「大川原化工機」(横浜市)の冤罪事件を巡り、国家賠償訴訟で東京都が支払った賠償金の一部を当時の警視庁公安部の捜査幹部ら3人に負担させるよう同社側が求めた住民監査請求で、都監査委員は16日、3人に対する求償権を行使するよう警視庁に勧告した。対応期限は4月15日。
時事通信より
警視庁公安部の捜査が強引であったことは問題であったが、日本の法整備が未熟である側面もある。
つまり、日本にスパイ行為そのものを処罰する法律が存在しないという構造的問題である。
本来であれば、問題となるのは「誰が、どの外国勢力のために動いたのか」であるにもかかわらず、それを正面から問えない。このため、公安は「輸出された機械が規制対象か」という別ルートで事件化せざるを得なかった。その結果、企業側の社員に対する過度な取り調べへと歪んでいった。
自白証拠を重視する司法制度や、科学捜査による証拠採用が軽視されがちという面も、不幸な結果を招く一因となっただろう。
スパイ防止法への導線
今回、選挙にあたってまたぞろ動き出したのが左派勢力の妄想である。
【速報】スパイ防止法制定を急ぐと首相
2026年01月19日 18時34分
高市首相は、インテリジェンス機能の強化に向けて、スパイ防止法制定や国家情報局、対日外国投資委員会の設置を急ぐ考えを示した。
47NEWSより
共同通信系のメディアが騒いで、しんぶん赤旗が油を注ぐ。
「スパイ防止」の名に隠された真実
2025.12.23
「スパイ防止法」制定に向けた各党の競い合いが激しくなっています。自民党と日本維新の会の連立政権合意や、国民民主党、参政党が国会に提出した法案から見えてくるのは、米国にならったスパイ機関の創設です。
しんぶん赤旗より
ニュースの時系列は逆ではあるが、やることは同じ。確認しておくが、この赤旗が持ち上げているスノーデン容疑者は、犯罪を自供している。
だから、日本で「スパイ防止法」ができれば、外国の利益に資すると見なされた人はスパイ行為を働いたとされ、裁判も一部公開されない中、証拠もあいまいなまま、厳罰を受ける可能性があります。
しんぶん赤旗より
そういう意味で、スノーデン容疑者はまさに厳罰を受けるべき人物であり、それを引き合いに「スパイ防止法は危険」というのは余りに滑稽である。
重要なのは、スパイ防止法の有無ではなく、証拠と法に基づいて冷静に裁く司法の姿勢である。
まとめ
冒頭の事件は、営業秘密漏洩という企業統治の問題として処理された。しかし、関わった人物のことを考えると、スパイ事件に繋がる可能性は否定できない。
今回の事件も、大川原化工機事件も、いずれも「国益を守る」という目的の下で、現行法の枠内で何とか立件しようとした点では共通している。国益を守るとは抽象的な標語ではなく、証拠に基づき、適用可能な法律を淡々と執行することである。しかし同時に、守るべき対象に対して法律が追いついていない場合、捜査や立件の形が歪むという問題も露呈する。
もしスパイ防止法があれば、営業秘密や輸出管理といった間接的な手段に頼らず、別の形での立件が可能だった可能性が高い。国益の毀損とは、単なる理念の問題ではなく、最終的には国民の生命や財産に結びつく現実的なリスクであることを、制度論として正面から捉える必要がある。
もっとも、スパイ防止法の有無にかかわらず、日本が守るべき原則は変わらない。法と証拠に基づき、冷静に罪を裁く司法の姿勢こそが、国益を守る最後の砦なのである。
追記
うんまあ、そうなる。
ロシアスパイ事件で外務省申し入れへ 木原官房長官、スパイ防止法制の「意義大きい」
2026/1/21 12:18
木原稔官房長官は21日の記者会見で、警視庁公安部が不正競争防止法違反容疑で在日ロシア通商代表部の男性元職員らを書類送検した事件を巡り、「外務省からロシア側に日本の立場を適切に申し入れる」と明らかにした。「元職員が滞在目的を逸脱し、法令違反容疑で送検されたことは遺憾だ」とも批判した。
~~略~~
木原氏は日本国内の防諜(カウンターインテリジェンス)体制強化について「外国の不当な干渉を防止する意義は極めて大きく、政府として外国機関による諸工作に厳正に対処しなければならない」と言及。自民党と日本維新の会の連立政権合意書に基づき、スパイ防止法制の創設に取り組む考えを改めて示した。
産経新聞より
政策の方向性は良いと思うので、早急に進めてください。そのためには、選挙で勝つことが重要。



コメント
中国に輸出された日本製工作機械が不景気な中国から輸出を禁止されているロシアに密輸された件ですね
メンテナンス情報・消耗部品が喉から手が出るほど欲しいんでしょうね
今回の不正競争防止法の適用は、かなり苦肉の策だと思います。
対象になった企業が公安から目を付けられていた背景には、ロシアが欲しがっている機械を輸出し、利益をあげていますから。
こんにちは。
「スパイ防止法が出来たら、スパイが困っちゃう(意訳)」
なんて事を公然とのたまわる政治家がいるんですよ~
な~に~?以下略。
まずは、スパイ防止法。
続いて、憲法改正と自衛隊法の改正。
そのために、総選挙。
であるならば、今しかないのでしょうね。
こんにちは。
「スパイ防止法が出来たら、スパイが困っちゃう(意訳)」は、国会で答弁されたんですよ、驚くことに。
実際には、「困る人がいる」(約意)なのですが、誰が困ると言えば、それはスパイに他ならないでしょう、という話。
どんな法律でも、恣意的運用にはリスクが伴います。その辺りは監視と運用の適正化を図るしか対策はないわけで。そういった理解のある政府に、是非とも法整備の推進をお願いしたいです。