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【コラム】人民銀行が国債買入れ再開──メッセージに潜む経済の限界

中華人民共和国ニュース
この記事は約10分で読めます。

支那人民銀行(PBOC)が昨年12月以来、初めて自国国債の公開市場買い入れを再開したことが報じられた。

中国人民銀、公開市場で国債買い入れ再開 昨年12月以来

2025年11月4日午後 7:44

中国人民銀行(中央銀行)は4日、10月の公開市場操作(オペ)で昨年12月以降で初めて自国国債の買い入れを再開したことを明らかにした。

ロイターより

10月に約200億元相当の国債を購入し、11月には3カ月物リバースレポ7000億元の実施も公表している。

表面的には金融市場への流動性供給のように見えるが、実際には単なる“資金供給”ではなく、政策のメッセージ性が強い動きだと分析できる。本稿では今回の買入れの意味を整理し、中国経済の現状と政策の限界について言及していく。

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国債買入れ再開の背景と狙い

公開市場操作としての位置付け

中央銀行が自国国債を買い入れると、理屈上は市場にマネーを供給する効果がある。銀行の当座預金に資金が振り込まれ、ベースマネーが増えるためだ。市場に現金が枯渇して流動性の悪化している支那経済において、この自国国債買い入れは割と順当な手段のようにも思える。

しかし、PBOCの最近の国債買入れは 規模が限定的 であり、米欧型の大規模量的緩和(QE)とは性格が異なる。

PBOC自身も「QEではない」と明言しており、あくまで市場調整や短期金利コントロールを意識したオペレーションの範囲内に留まっている。

市場へのシグナルとしての意味

つまり、今回の買入れは「流動性を大量供給する」目的よりも、むしろ “中央銀行は状況を注視している” というメッセージを与える政策的な意味合いが強い。昨年12月から買入れを控えていたことを踏まえると、単に再開した事実自体が市場への意思表示となるだろう。

  • 「問題が完全に解決した」というよりは
  • 「必要なら支える用意がある」

という、象徴的なシグナルだ。

市場心理を安定させつつ、中央政府としては最小限の介入にとどめる──これが狙いと考えられる。

打てる手はあるのか──中央政府のカード

三つの理論上の対応策

4中全会前の、支那の経済政策で想定された本気のカードはおおまかに三つ。

  1. 中央政府による大規模国債増発 → 財政出動 最も即効性があり、景気への直接的な刺激になる。
  2. 国有銀行による不良資産の吸い上げ 不動産や地方融資平台(LGFV)の不良債権を直接処理する方法。ただし、不良債権処理をした場合に、不良債権に投資した層の資産を墓場に送ることになるので、簡単ではない。
  3. 地方政府・地方融資平台の一括再編 財政的に破綻しかねない地方債務の整理。論理的には可能だが、具体的手段としては2の不良債権の開示を避けられないので、簡単ではない。

このうち、即効性と制度上の実行可能性を考えると 1番目の中央国債による財政出動 が最も現実的だ。他の2つは不良債権の開示を避けられないという意味で実現不能だからだ。開示すれば暴動に発展しかねない。

しかし、来年の全人代の準備段階と位置づけられる4中全会では、何れのカードも切られることはなかった。

打たれなかった理由

理由は単純で、副作用が大きすぎるから。

  • 地方財政や不良債権の実態を露呈する
  • 中央政府が背負う財政リスクが急増する
  • 社会的・政治的な副作用が大きい(暴動へ)

簡単に言えば「効く手はあるが、切ると致命傷が出る」という状況だといえる。結果として、PBOCの小規模国債買入れは “象徴的な微調整” に留まる。

この辺りは、このブログでも過去に再三言及してきたので、ご存じの方も多かろうと思う。

周期の短縮──ショック吸収力の低下

2008年北京オリンピックからの教訓

過去を振り返ると、2008年の北京オリンピック前後、支那経済は外から見て明らかに危険な状態だった。しかし、中央政府は大量の資金投入で延命措置を取り、景気は何とか持ちこたえる。金融・財政両輪での介入は「ショック吸収材」として機能した。

4兆元の大型刺激策で内需拡大へ

2008年12月

中国政府は金融危機克服のため、実施期間を2010年末までとする大型の景気刺激策を発表した。総額4兆元(約57兆円)に上る景気刺激策で内需を拡大、雇用安定に全力を挙げる構えをみせている。景気の減速は確実で、2009年のGDP実質成長率は6月時予想より1.5ポイント低い7.5%にとどまるとの予測が出された。雇用悪化の見通しも出ており、「農民工」の問題を含めて雇用問題が最重要課題として浮かび上がっている。

労働政策研究・研修機構のサイトより

この大量資金投入で活性化したのが、不動産開発業なのである。意図的に住宅バブルを引き起こし、そこに個人投資家に投資させる。この短期集中型のドーピングはいや実に効いた。世界最速の経済回復を見せつけ「流石は支那」だと言わしめたのである。

2021年の不動産ショック

ところがその後10余年で、景気の吸収力は劣化した。2021年には不動産開発業が破綻し、地方融資平台(LGFV)も限界に達した。中央の“抗生物質”は効きが弱まり、ショック吸収のスパンが大幅に短縮されたのである。

もちろん、この無理のある政策がいつまでも続けられないことは、支那の中央政府も十分に理解していた。そこで、EVに目を付けた。

中国:国務院弁公庁、「新エネルギー車産業の発展計画」を正式発表

2020年11月6日

国務院弁公庁は2020年11月2日、「新エネルギー車産業の発展計画(2021~2035年)」を正式発表した。本計画において、2025年までに新車販売における新エネルギー車の割合を20%前後に引き上げ、2035年までには新車販売の主流を純電気自動車(EV)とすることを目標とした。

JOGMECのサイトより

この5年前の2015年に発表された「支那製造2025」で、EV開発は10の重点分野の一つとされ、国家戦略として一層推進されることになっていた。2020年の発表はそれをより具体化したものだった。

2025年のEV産業の出血

だが、2025年にはEV産業が輸出を通じて血を流し始める。

この辺りの記事でも言及したが、支那のEVトップメーカーBYDが危うい。

色々書いたが、結局のところ補助金ドーピングが切れかかっているという話だ。構図は実のところ恒大集団と何ら変わりない。つまり、国家レベルで推進し公金の大量投入→破綻という図式である。

そしてその周期が短縮していることは、ショック吸収材の劣化を示している。つまり、政策介入や象徴的シグナルだけでは経済全体を支える力は、ますます限られてきている。

中央政府の理性的な判断と限界

打てる手のない実情

今回、PBOCが小規模な国債買入れにとどめたのは、ある意味で理性的な判断と言えるだろう。大規模な輸血をしても即効性は限定的で、むしろ副作用の方が大きいからだ。外から見れば「現状把握ができていない」と映るが、実際は “打てる手がない” という現実を踏まえた上での慎重さでもある。

打てる手がないとは、単に何もできないのではなく、「切ると政権や金融システムに致命的な影響が出る手しか残っていない」という意味。そのため、現在の政策は

  • 時間を稼ぐ
  • 市場心理を安定させる
  • シグナルとしての姿勢を維持する

ことに特化している。

「待てば海路の日和あり」という、待ちの姿勢を鮮明にしているのだ。

今後の展望──全人代と政策期待

2026年春の全人代でも、大規模な景気刺激策が発表される可能性は低い。中央政府は“カードを切る”よりも、「カードを持っている」雰囲気を見せることを優先している。

だからこそ、冒頭紹介した市場に対して、PBOCの小規模オペが「介入余地は残っている」という信号を送り、いつでも対処するというメッセージを出したのだ。

だが、支那経済は深刻な状況にあり、周期は短縮している。象徴的な国債買入れだけでは抜本的な問題解決にはならないのは当然のこと。では大規模な国債買入れをするかと言えば、投資家に誤ったメッセージ(もう切るカードが残っていないという正しいシグナル)を送ることになって、通貨危機を招きかねない。

だからこそ今後も中央政府は時間稼ぎを続けつつ、慎重にカードを温存することになるだろう。

ドル建債の発行

意味合いの違うカード

とまあ、そんな感じの分析をしてきた訳なんだけど、ここへ来て危険なカードを試そうとしていることが明らかになった。

中国、40億ドルのドル建て債発行へ=タームシート

2025年11月5日午後 4:56

中国は3年物と5年物のドル建て国債を発行し、総額40億ドルの資金を調達する計画であることがロイターが確認したタームシート(条件概要書)で明らかになった。

~~略~~

LSEGのデータによると、この債券は中国にとって過去4年で最大のドル建て起債となる。中国は昨年、サウジアラビアで20億ドルのドル建て債を発行している。

ロイターより

やらないと思っていたドル建て国債の発行である。

サウジアラビアの件は、割と軽く考えていたのだけれど、今回はどうも趣が違うようだ。

サウジアラビア市場における中国自動車メーカーの参入動向

2024年10月8日

サウジアラビアで、中国自動車メーカーの存在感が増している。2023年の中国車メーカーのシェアは約15%を記録、同年の中国からの自動車および同部品の輸入額は前年比16.3%増加した。2024年には大手自動車メーカーの比亜迪(BYD)の新規参入に加えて、自動車部品メーカーの投資計画が報じられるなど、自動車市場で中国企業の積極的な姿勢が目立つ。

JETROより

支那はサウジアラビアへの自動車メーカー進出に大きな期待を寄せていたように見えたので、関係作りのために外債を発行して見せた意味合いが強いと判断した。でも、これは去年の状況ならって意味合いなんだよね。

再開の意味は“底打ち”ではなく“息継ぎ”

今回、40億ドルのドル建て債を発行して、ドルを確保することで流動性を改善しようということであれば、これはかなり危険な兆候である。

タームシートでは調達額の上限は40億ドルとされているが、主幹事の投資家向けメッセージによれば、投資家需要はすでに650億ドルを超えている。

ロイター「中国、40億ドルのドル建て債発行へ=タームシート」より

非常に需要が旺盛で、40億ドルのドル建て債を積んでも直ぐに捌ける。

それはそれで一時的な延命には繋がるのだが、しかしそもそも支那は巨額の外貨準備を積んでいるではないか。

中国外貨準備、9月末で3兆3390億ドル 市場予想上回る

2025年10月7日午前 11:50 

中国人民銀行(中央銀行)が公表した9月末時点の外貨準備は前月比165億ドル増の3兆3390億ドルとなり、市場予想の3兆3350億ドルを上回った。ドルが主要通貨に対して下落したことを受けた。

ロイターより

一般的には、この外貨準備が積み上げられていることは経済につての安心材料だと映るのだが、しかし、それならドル建て債を発行する理由はないわけで。つまり、今回のドル建て債は「息継ぎ」するためのつなぎ融資ってわけだね。自転車操業といった方が正確かもしれないが。

ここから導かれる結論は、支那の市場におけるドル流動性に不安要素があるという意味になる。

まとめ

  • PBOCの国債買入れ再開は 流動性供給よりもシグナル の意味が強い
  • 打てる手はあるが、副作用の大きさから実行できない
  • ショック吸収力は2021年・2025年と短縮傾向
  • 今後、需要に応じてドル建て債を積み上げ続けるのであれば、寿命を縮めかねない

支那経済はこのように回復する兆しのないループに嵌まり込んでいる。だが、直ぐに崩壊するわけではなく、こうした時間稼ぎが出来なくなった時に崩壊が明らかになるという構図。ただ、その崩壊の兆しは、ドル建て債のロールオーバー問題という新たな時限爆弾を抱えたことで、一気に加速する可能性が出てきた。

次の波は3年後だと言うことが確定したという意味でもある。つまり2028年には、何らかのリスクがあることをよりにもよって中央政府が認めたということだ。ただし、2021→2025 は“4年”の外延だったけど、2025→2028 は“3年”の返済リミットになっちゃった。

よほど打つ手がないのだなというのが、正直な感想である。

コメント

  1. 軍事オタクより より:

    中国は高速鉄道も地下鉄もかなり酷い状況、
    電気自動車ももう限界にきてるので共産党はかなり押さえつけるのでしょうね
    軍拡もかなり無理してるように思います
    中央も地方政府も借金だらけで
    箍が外れたら戦国時代になりそうですね
    核持ってるから余計怖いです
    民衆の目を逸らす理由で台湾とか攻めそうですね

    • 木霊 木霊 より:

      そうですね。高速鉄道のメンテナンスの話はあまり聞きませんが、碌なことにはなっていませんよね、きっと。
      EVは見切りをつけたい感じですけど、そう簡単には行かないと思うのですよ。
      軍拡の話は、何処かの機会に言及したいと思います。空母とかかなり無理している感じなんですよね。

      国内の暴発を抑えているので、かなりリソースを使っているようなんですが……。