トランプ氏にとってベネズエラ問題は、長年積み重なった不満が噴き出す象徴的テーマである。
トランプ氏、ベネズエラ周辺空域「全面閉鎖」と警告
2025年11月30日午前 9:51
トランプ米大統領は29日、ベネズエラの上空や周辺の空域は「全面的に閉鎖された」と見なすべきだと交流サイト(SNS)に投稿した。詳細は明らかにしていない。
ロイターより
お得意の恫喝まがいの揺さぶりだが、トランプ氏は本気だ。実際に、周辺海域での麻薬船攻撃を行っており、「やるぞ」という姿勢を見せている。
「今そこにある危機」
麻薬船を攻撃して撃沈
まず象徴的なのが、9月に起きた失敗国家ベネズエラの麻薬密輸船への二度にわたる攻撃。
ヴェネズエラ「麻薬船」への追い打ち攻撃、米海軍司令官が命令とホワイトハウス
2025/12/02
アメリカ海軍が9月にヴェネズエラの麻薬運搬船だとする船を攻撃したことについて、ピート・ヘグセス米国防長官の「皆殺しにしろ」との命令を受けて、1回目の攻撃を生き延びた船上の複数人に対して2回目の攻撃が実施されたと、米紙ワシントン・ポストが報じた。これに関して米政府は1日、2回目の攻撃は海軍司令官が命じたものだと説明した。
BBCより
この話は9月2日に、カリブ海南部で麻薬船とされる対象をアメリカ軍が攻撃、大破させて乗組員を殺害した事件である。
米軍がヴェネズエラの麻薬密輸船を攻撃、11人死亡 トランプ氏発表
2025年9月3日
アメリカのドナルド・トランプ大統領は2日、カリブ海南部を航行していたヴェネズエラの麻薬密輸船を米軍が攻撃し、「ナルコテロリスト」(麻薬を密輸・売買するテロリストの意味)11人を殺害したと発表した。
BBCより
割とこの件は国際的にも問題視されたのだが、軍が民間の船を攻撃した形になったわけで、それがカリブ海で実行されたことも「どうなの」という話はある。

カリブ海はベネズエラに面する海で、アメリカの領海ではない。だから沿岸警備隊ではなくアメリカ軍が出てきた。
テロリストの排除は許されるのか
で、船を攻撃しちゃったわけだが……、ある意味アメリカの見せしめなのだろう。
下院の軍事委員会も、この攻撃について調査すると表明。「問題の作戦の全容解明に向け、超党派で行動している」とした。
軍の最高幹部で構成する統合参謀本部は1日、声明を発表し、同本部のダン・ケイン議長が週末、上下両院の軍事委員会のメンバーと会談し、「南方軍の責任範囲における麻薬テロ対策作戦について」話し合ったと明らかにした。
トランプ政権はカリブ海での自国の活動を、麻薬密売組織との非国家間の武力衝突だとしている。
BBC「ヴェネズエラ「麻薬船」への追い打ち攻撃~」より
これがやり過ぎなのか、そうでないのかという葛藤がアメリカ議会でも沸き起こっているのだが、普通は駄目なんだよね。
じゃあ、なぜそうなったのかなんだけど。
ベネズエラの問題がアメリカに跳ね返る
現在、ベネズエラは政治的に非常に不安定で、経済も壊滅的だ。言ってみれば「崩壊状態」にあるのだ。
故に、その影響がこんな形でアメリカに跳ね返ってきている。
- 麻薬流入:ベネズエラは麻薬組織の温床となっており、米国本土へのコカイン・合成麻薬の流入経路になっている。
- 不法移民問題:経済破綻により何百万人ものベネズエラ難民が南米経由で米国に向かっている。
- 第三国の介入:ロシアや支那がベネズエラに資金・技術を供与しており、米国にとって“自国周辺への戦略的挑戦”と見なされる状況。
要するに、ベネズエラの腐敗・麻薬・移民・第三国介入が一体化し、トランプ氏の解釈ではもはや戦争状態になっているという。
だからこそ、ベネズエラの手先であるテロリストはアメリカの敵だと認定された。国際的に認められるかどうかはともかく、そういうロジックなのである。
悪化の一途を辿った両国関係
こと此処に至るまで、アメリカとベネズエラの関係は徐々に悪化している。
ベネズエラは建国以降、一時的に民主主義の国家になっている。だが、1980年代になって豊富な原油や天然資源によって莫大な貿易利益をあげたにもかかわらず、低所得者層は虐げられ「民主主義はクソだ」ということになって、カラカソ暴動(1989年)に至る。
で、1992年にはクーデターが起きてチャベス政権が発足。社会主義国家を目指すんだな。まあ、民主主義だろうが社会主義だろうが、指導者が駄目なら上手くいくわけも無く。国家をまとめるために反米路線をとっちゃった。
で、どうなったかというと……。
- 石油と制裁:PDVSAを中心とした石油産業に対する制裁が経済を直撃
- 政治腐敗・人権問題:国内腐敗、司法・民主主義の形骸化
- 麻薬・犯罪組織:政権関係者の関与疑惑
- 政権維持 vs 米国圧力:民主主義回復の名目での制裁や圧力
こうした経緯が、今回の「空域閉鎖警告」の土台になっている。
キューバ危機との類似点
そして、アメリカのトラウマ・キューバ危機(1962年10月~11月)との類似点があるのも、アメリカの強硬な姿勢を後押ししている。
キューバ危機は、旧ソ連がキューバに核ミサイル基地を建設して、ミサイルを配備しようとしていることが判明したことで緊張が高まり、アメリカはキューバを海上封鎖し、核ミサイル基地の撤去を迫った。
そして、最終的にはアメリカ政府とソ連指導部が直接話し合いをして、この危機を回避したのだが。この時代のキューバは、キューバ革命によって親米軍事独裁政権が倒され、反米勢力のカストロがソ連と近接していた。
つまり、今のベネズエラとは以下のような類似点がある。
- 米国近隣への外国勢力介入(ロシア・支那)
- 米国に直接跳ね返るリスク(麻薬・不法移民)
- 心理戦・威嚇行動による圧力
- 多国間利害が絡む複雑な地政学
一方で、こんな点は異なる。
- 核ミサイルのような“即時の破滅要因”はない
- ただし、麻薬・移民という社会破壊的な脅威が既に米国へ流入している
つまり、軍事的危機ではないが、社会的被害は既に発生しているタイプの危機である。そしてベネズエラが、アメリカと経済対立状態にある支那との関係を深めていというところもアメリカの逆鱗に触れる部分なんだよね。
トランプ氏から見た「放置できない理由」
トランプ氏にとって、ベネズエラ問題は以下の三本柱で“絶対に譲れない”。
- 麻薬:治安悪化はトランプ支持層に直撃
- 移民:最大の国内政治テーマ
- 海外勢力の介入:アメリカの覇権問題
今回の空域閉鎖警告も、米国に跳ね返る悪循環を断ち切るための必然的な行動だと位置付けられる。
まとめ
トランプ氏の警告は単なる強硬発言ではなく、米国に直接影響する問題に正面から対峙する姿勢の表れである。これに関して「戦争前夜だ」と評価する方もいるが、僕はそうではないと考えている。だが一方で、ベネズエラ国内の腐敗・麻薬問題・経済依存・ロシアや支那の関与という複雑な構造が絡んでおり、単純な解決策はない。残念なことに。
この構図は、1994年のアメリカ映画「今そこにある危機」を現代リメイクして「南米と支那とロシアを加えて、敵国をベネズエラに刷新し、現実世界で上映しているのが今のアメリカだ」と捉えると分かりやすいかもしれない。
アメリカ内部に裏切りが関わる陰謀があるのかは知らないが、ハリソン・フォード役は多分居ないので、この結末がどうなるのかは分からない(注:映画「今そこにある危機」のあらすじを読んでいただければ、共感いただけるかも)。
このような背景を押さえてニュースを見ると、トランプ氏の威嚇発言の意味や地政学的か位置づけが理解できると思う。



コメント