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「合意文書なき日米交渉」:IEEPAで揺れる通商手続きの異常事態

北米ニュース
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米国の関税政策に日本、大混乱なんだが。特にメディアの混乱っぷりが酷くて、どこも正確に把握していないのが困ったもの。

「相互関税上乗せ、米が修正」と赤沢氏 自動車下げの大統領令と併せて

2025年8月8日 8:19 (2025年8月8日 10:28更新)

米相互関税の負担軽減措置を巡り赤沢亮正経済財政・再生相は7日、米政府が相互関税の大統領令を修正し、日本を措置対象に加えることを約束したと明らかにした。

日本経済新聞より

というか、政治家すらしっかり把握できていないってどういうこと?多分、わざとなんだろうな。

  • そもそも通常の関税交渉ではなく国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく交渉
  • 合意文書を紙面に固定するためには、通商代表部(USTR)とのやり取りが必須
  • 未だ変わる可能性が十分にある
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合意文書が出せない事情

合意内容が“紙”にならないのはなぜか

今回のアメリカの関税交渉が、そもそもイレギュラーであるという認識は皆さんにもあると思う。マスコミにもあるはずなんだが、でも多くのメディアは説明していないな。

通常の関税交渉は、それぞれの担当部署が交渉してWTO(世界貿易機関)体制におけるルールに基づいて行われる。日本の場合は、外務省、財務省、経済産業省辺りが連携してすり合わせを行うのだけれど、近年は経産省が折衝していたように思う。

TPPのルール交渉は内閣官房が統括して、外務省、経産省、財務省に加えて農水省が交渉に加わっていた。

アメリカ側なら、通商代表部(USTR)や商務部、財務省辺りが出てくることになると思うが、とりまとめはUSTRってことになるはずだ。

その結果、通常の国際的な通商交渉では、合意の内容を記載した文書(Joint StatementやMOU、あるいは仮訳付きの署名済み文書)が必ず作成される。日本政府は過去のEPA、FTA、日米TAG交渉でもこうした文書を各段階で用意してきた。

特殊ルールの適用

ところが、今回は交渉にトランプ氏が乗り出してきた。

トランプ氏、新関税へ経済緊急事態宣言を検討 米報道

2025年1月9日午前 8:03

トランプ次期米大統領は、新たに導入を予定している関税に法的根拠を与えるため、国家経済緊急事態の宣言を検討している。CNNが関係筋の話として8日報じた。

国家非常事態の際、大統領に輸入管理の権限を与える国際緊急経済権限法(IEEPA)を利用することで、新たな関税プログラムの導入が可能になるという。

ロイターより

通常は口をはさんでくる事はないはずなのだが、これを推し進めるために国家経済緊急事態の宣言を出したのである。うーん、似たようなものを出した国家が近隣にあったような…。

まあいいや。

トランプ米大統領、世界共通関税と相互関税課す大統領令を発表

2025年04月03日

米国のドナルド・トランプ大統領は4月2日、「相互関税による輸入制限により、米国の巨額かつ恒常的な財貿易赤字に寄与する貿易慣行を是正する」と題する大統領令を発表した。また同日、ファクトシートも公開した。

JETROより

ともあれ、トランプ氏は4月に国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき貿易交渉を行うという大統領令を出し、各国と交渉をした。これが本来イレギュラーな話なんだけれども。

だって、通常ルートの、USTR経由、議会報告、文書合意をすべてパスしている。そんなことやったら大混乱になるし、事実そうなっている。

個別で交渉

で、日本は赤沢氏が担当になって専任で交渉を行っていた。「ピストン赤沢」と揶揄されるほどアメリカと日本を行ったり来たり。

イレギュラー対応のために、専任担当を立てたことは悪くなかったと思う。評判は悪かったんだが。

で、4月5日に発効した関税は次のようものだった。

〇米国東部時間4月5日午前0時1分から、全ての国から輸入される全ての品目に10%の追加関税を課す(注2)。

JETRO「トランプ米大統領~」より

全品目にいきなり10%だと……。

ところが、最近騒ぎになっている自動車関連の関税は、この時は対象外だった。

〇次の品目は今回の関税措置の対象外。 (1)個人手荷物など合衆国法典第50編第1702条(b)の対象品目、 (2)1962年通商拡大法232条に基づいて追加関税の対象となっている鉄鋼・アルミニウム製品(2025年3月17日記事参照)、自動車・同部品、 (3)銅、 医薬品、半導体、木材製品(注4)、 (4)将来的に232条関税の対象となる可能性のある全ての品目、 (5)地金、 (6)米国で入手できないエネルギー、特定鉱物(注5)。

JETRO「トランプ米大統領~」より

この対象外となった話を詰める為に交渉をして、赤沢氏は一応成果を出したかに見えたのだが……。

このころからちょいちょい不安な情報が聞こえてきてはいたよね。

で、冒頭の話。

担当者が大慌て

日本の関税が15%じゃない!今までの関税に加算になって27.5%になっているとか、ちょっと意味不明な状態になったらしい。

自動車関税「27.5%」引き下げはいつに?メーカー損失「1日に20億円」関税だけでない自動車業界の課題【Nスタ解説】 | TBS NEWS DIG
現在、アメリカが日本に課している自動車の関税は27.5%。自動車各社の決算は、非常に厳しい結果となりました。今後の日本の自動車業界の課題について記者の解説です。井上貴博キャスター:日本への相互関税を、一…

これが単純な事務手続きミスであったことは、すぐにわかる話。だって、4月の+10%は自動車を含まないので、仮に+15%であったとしても、17.5%にならなければおかしい。

トランプ関税、見切り発車で発動 日本以外の国とも合意巡り見解対立

2025年8月7日 15:14 (2025年8月7日 19:32更新)

米国の相互関税が7日、新税率に移行した。日本の税負担を軽減するという約束は実現しないまま発効した。トランプ米政権は日本や欧州連合(EU)などと関税交渉で合意したと発表したが、見解の食い違いが目立つ。火種を残したままトランプ関税は新たな段階に入った。

日本経済新聞より

実のところ、トランプ氏が勝手な交渉をして、そこから担当官に情報が下りてくるまでにタイムラグがあったりと、なかなかの混乱っぷりのようで。

対中追加関税は計145%、米ホワイトハウスが修正

2025.04.11 Fri posted at 06:20 JST

米ホワイトハウスは10日、中国からの輸入品への追加関税は145%だと説明を修正した。トランプ大統領は前日に対中追加関税を125%に引き上げると明らかにしていた。

CNNより

4月にもこんなことがあった。

この関税率は、34%に変更されたうえで、24%の執行を90日間停止。結果、他国と同様の10%の追加関税という形になっていた。

昨日もこんな発言をしているしね。

トランプ大統領 “アメリカ輸入の半導体に約100%の関税課す”

2025年8月7日 15時44分

トランプ大統領は6日、アメリカに輸入される半導体について、「およそ100%の関税を課すだろう」と述べました。ただ、アメリカに生産拠点を設けると表明した企業などの製品は対象から外すとしています。

NHKニュースより

結局のところ、IEEPAに基づく交渉というのが通常の交渉とは異なるから、担当者があたふたすることになるのである。

各国も混乱しているが、アメリカ国内も十分混乱しているようで。

適切な時期に修正

現時点で、この関税率がどうなるのかは不明だが、そもそも真っ当な話ではないのだ。

米政府は7日に発効した新たな相互関税で、欧州連合(EU)に対して税負担の軽減措置を盛り込んだ。日本政府はこれまで「日米合意により、日本も軽減措置の対象になる」と説明していたが、7日時点では対象から外れていた。

日本から米国に輸出する物品には今も負担軽減措置はとられておらず、7月に日米で合意したよりも多くの関税が徴収されている。赤沢氏は一連の会談で米国側に「極めて遺憾だ」と伝えた。

赤沢氏によると米国側も、軽減措置の対象に日本が入っていなかったことは「遺憾だ」との認識を示した。

そのうえで米国側は赤沢氏に対し、相互関税に絡む大統領令を適切な時期に修正することを約束した。大統領令の修正後には、徴収しすぎた関税を還付する措置をとる。

日本経済新聞「相互関税上乗せ、米が修正」より

こうした混乱をきたした理由について、野党や一部与党議員からも、「合意文書を用意しないからだ」と騒いでいたが……、そもそも今回のこの話で、どこの国も合意文書には至っていない。

赤沢氏は、合意内容を確認するための共同文書がないことについて「共同文書作成を目指していたら(8月1日の)期限に間に合わず相互関税は25%の上乗せになっていた」と述べ、今回の米国側のミスは共同文書がなかったことが原因ではないという認識を示した。

日本経済新聞「相互関税上乗せ、米が修正」より

赤沢氏は「文書を目指していたら期限に間に合わなかった」と説明するが、実際には制度的な制約も影響している可能性が高い。つまり、「作らなかった」のではなく、「作れなかった」というのが実態だろう。

各国努力はしているらしいけど

EUや韓国は、「何らかの書面での保証」を模索しているが、合意に至るためにはUSTRの正式手続きを踏まねばならない。今回は大統領令ですべて処理しているので、合意文書という形で固定することは手続き違反ということになってしまう。

この辺りは、こちらの記事が詳しく解説していたので、参照いただきたい。

日米関税交渉「合意文書」が出せない真相解明:なぜ書面合意がタブーなのか:浅川 芳裕【アゴラ言論プラットフォーム】
日米関税交渉の結果について、なぜ肝心の合意文書が存在しないのか。その理由は単純だ。米国が「相互関税」を課すには、米国の法的枠組み上、正式な合意文書が存在してはトランプ大統領が困るからである。IEEPAの仕組みと大統領の裁量その法的枠組みは「

この内容も100%正しいとは言い切れないのだが、読む限り合理的な解釈だと思う。

IEEPAは本来、国家の安全保障上の緊急事態を前提とした法律であり、通常の通商交渉における合意形成(USTRとの法的拘束力を持つ合意文書)を前提としていない。したがって、大統領令によって関税措置が直接決定される場合、通常の合意文書の体裁を取ることは制度的に困難となる。

逆に言えば、不適切な合意をせざるをえなかった事情があり、それゆえにアメリカの事情でおかしなことになってしまったりもするのだが、今回はWTOの手続きにすら則っていない交渉なので、何から何までイレギュラーなのである。

落ちるのはアメリカという国家の信頼なんだが、そこを超えてもトランプ氏にはやりたいことがあるんだろうと思う。それがアメリカの国益になるかは知らないが、それに付き合わされる側としては面倒なことこの上ない。

だが、日本はアメリカの交渉に付き合う道を選んだ。トランプ氏好みのディールに乗ったのだ。しかし、その代償に混乱にも付き合わされることになったというのが実態なのだろう。じゃあ、アメリカの交渉に付き合わなかったら、果たしてどうなっていたのだろうか?おそらくは関税率30%を通告されて、その有効性を巡って争うという展開になったと思われる。

その方が良かったかどうか、僕にはわからない。今回の合意内容の違いも、本当に現場担当官のミスという話なのかも不明だしね。案外、日本に対する脅しに使われた可能性だってある。油断ならない相手だよ。

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