先週、世間を騒がせた支那での粛正騒動について、いくつかコメント頂いた。それらを踏まえて、どのようなことになっているのかを改めて整理してみたい。
人民解放軍を弱体化させてでも…習近平が軍幹部を立て続けに粛清した「本当の理由」
2026年1月27日(火)16時50分
中国政界に激震が走った。
中国人民解放軍の制服組トップである張又侠中央軍事委員会副主席と、劉振立連合参謀部参謀長が、当局の調査対象となり、職務から外されたのだ。
Newsweekより
このNewsweekの記事、「本当の理由」という煽り文句もさることながら、この記事では背景として「クーデターの可能性」が示唆されている。だが、この分析は果たして妥当なのだろうか。
クーデター説は本当に成り立つか
粛正の報道
まずは、先日自分が書いた記事を再掲しておく。
支那人民解放軍の制服組トップである張又侠氏と、その右腕として知られる劉振立氏が「当局の調査対象」になり、事実上粛正されたというニュースを扱ったものだ。
この時点では、更迭理由として「汚職」もしくは「政治的忠誠心の欠如」という、中国ではお馴染みの説明が当てはまると考えていた。
そのため、クーデター説については個人的にかなり懐疑的であった。
更に、この件と前後して、次のようなニュースも報じられている。
「米国に核機密漏えい」 中国軍制服組トップ―米報道
2026年01月26日16時14分配信
中国軍制服組トップ、張又侠・中央軍事委員会副主席の失脚を巡り、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)は25日、張氏が自国の核兵器計画の機密情報を米国に漏えいしていたと報じた。疑惑に詳しい関係者の話として伝えた。
時事通信より
ソースはWSJで、先出の記事では同じソースを扱った日本経済新聞の記事を紹介している。
複数のメディアが同じソースで報じた点を鑑みると、各紙とも「それなりに説得力がある情報」と判断したか、「何らかの理由で拡散する必要がある情報」と見なしたかの何れかだろう。
腐敗の構図
ところで、時事通信の記事で気になったのはこの部分。
関係者によると、疑惑に関する報告会が24日午前に開かれ、一部の中国軍最高幹部らが出席した。中国の核開発などを担う国有企業、中国核工業集団の元幹部を調べる中で、張氏の「核部門での安全侵害」への関与が判明したとの説明があったという。中国政府は19日、元幹部を調査していると明らかにしていた。
時事通信「米国に核機密漏えい~」より
ここではアメリカに情報を漏洩したという文脈で説明はされているが、構造的には張又侠氏が腐敗に関わっていたという分析だ。
この「腐敗」というのが、ロケット軍に関する話であるというのが、一般的である。
張又侠氏を巡っては、以前から装備発展部を中心とした腐敗問題との関係が指摘されてきた。
2024年には、Bloombergが次のように報じている。
習近平氏による中国軍粛正、背景にミサイル欠陥-米情報機関が分析
2024年1月6日 at 22:47 JST
中国の習近平国家主席による徹底的な軍粛清の背景には、腐敗の広がりが習指導部による軍近代化の取り組みを損ない、戦争する能力に疑問が生じたことがあったと、米情報機関の分析が示した。この分析について詳しい複数の関係者が明らかにした。
Bloombergより
張又侠氏が武器調達などを担う「装備発展部」の部長を長年努めていて、ロケット軍やミサイル開発と密接な関係を持っていた人物である。
米国の情報は、汚職の影響の例を幾つか挙げている。燃料ではなく水を詰めたミサイルや、効果的な発射を可能とするようにはふたが機能しない中国西部のミサイル倉庫などだ。
Bloomberg「習近平氏による中国軍粛正~」より
この腐敗についてのニュースが報じられたのが2024年。これに絡んで2023年年末には多数の軍人が粛正されていた。
中国全人代、元ロケット軍司令官ら9人を解任-理由示されず
2023年12月30日 at 16:17 JST
中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会は29日の会議で、中国軍司令官だった高官ら9人の代表職を解いた。国営新華社通信が報じた。突然の解任で、理由は示されていない。
Bloombergより
この2023年末の解任の対象になった司令官を務めていた李玉超氏が、張又侠氏と密接な関係を持っていたことが指摘されている。司令官と装備発展部のトップなのだから、当然、深い関係があったと容易に推測される。
現在、複数のメディアが、張又侠氏もこの時の汚職に関わっていた共犯者だとして粛正されるに至ったと推測している。
即時処分はされなかった
しかし、2023年末の時点で既に張又侠氏に疑念があったハズなのに、その時点では処分も捜査もおおっぴらにはされなかった。
なぜ、習近平氏は彼をその地位に留め続けたのか?それは、人民解放軍を掌握する上で、張又侠氏が極めて重要な存在だったからに他ならない。
つまり、腐敗や規律違反は排除の「理由」にはなり得るが、「原因」ではなかったと見る方が自然だ。「重大な規律違反および法律違反」という文脈は、単なる理由付けなのだろう。
今になって対立が表面化
では、今になって粛正された理由はなんだろうか。
昨今、支那は台湾に対して大きな圧力をかけてきた。それに関連して高市氏の発言に過敏に反応するほど、台湾に関しては重大な関心を寄せている。
とすると、台湾侵攻を推し進めようとする習近平氏と、人民解放軍の実力的にその力は無いと諭す張又侠氏の構図が透けて見える。
しかし、張又侠氏は台湾侵攻そのものには反対はしていなかった。おそらくそれが2024年の時点で処分されなかった理由である。人民解放軍を統括する上で、張又侠氏の存在は極めて大きく、習近平氏にとっても人民解放軍を掌握する為には必要な人材だった。
だが、張又侠氏は台湾侵攻の計画を前倒しするのには反対で、兵站のことや練度のことを考えた場合にはもっと計画に時間をかけるべきだという主張だったのだろう。
つまり、現実派の張又侠氏と、自身の任期内でかつ「建軍100周年」の2027年にどうしても台湾掌握を実現したいという習近平氏の間の意見対立があり、その結果、スケジュールを遵守したい習近平氏に排除されてしまったと、そのように理解すべきだろうと思っている。
習近平氏側の事情も、分からなくはない。何しろ、支那経済はボロボロで予算を工面するにもかなりの労力を伴うのだ。軍事訓練に多額のお金を使う余裕は、もはや無いのだろう。そういう台所事情や、支那国内の治安維持状況を鑑みるに、「悠長にしていられない」のだろう。
おそらくはそういう「構図」なのだ。
理由であって原因ではない
この話、以下のような見立てである。
先日、ベネズエラの話にも触れたが、アメリカはCIAを利用した情報収集を行っていて、極めて高い精度の情報を得る能力があることはよく知られている。
WSJソースの核情報に関しても、アメリカ当局はある程度は把握していたはずで、「支那の核情報」もそれほど目新しい情報ではなかった可能性が高い。
つまり、このWSJソースの「核情報のリーク」のニュースは「事実認定」よりも、「張又侠をそういう人物として描く政治的効果」に価値があったと見るべきだろう。
そうすると、WSJの話は一体何が注目すべきニュースだったかというと、支那の幹部が機密情報をリークしたという事実なのではないか。
つまり、この話は張又侠氏を排除するための「説明材料」として機能した可能性が高い。
「思い通りに動かせる軍」は手に入ったのか
張又侠氏を排除することで習近平氏は「思い通りに動かせる軍」を手に入れたかったのだと思う。
だが、今回の張又侠氏の排除は、「異論を唱えない軍」を実現できた一方で、「思い通り」に動かせるようになったかは、怪しいと見ている。
張又侠氏は、異論を述べる存在であると同時に、人民解放軍を実際に動かす上で欠かせない調整役でもあった。政治の要求と軍の現実をすり合わせる、いわば最も重要な部品である。
その部品を取り外した結果、命令は通るが、現実が正確に伝わらない組織になってしまった可能性は否定できない。権力は強化されたが、実行力と現実認識は弱まった可能性が高い。――そうした構図が透けて見える。
台湾侵攻に影響するか
Newsweekの記事の論調としても、情報漏洩の話に関しては懐疑的に見ている。
シンガポール経営大学のヘンリー・ガオ教授(法学)はX(旧ツイッター)に「張を陥れる理由はいくらでもある。だが、その中にアメリカへの国家機密漏洩という理由は1つもない」と投稿した。
「一番もっともらしい説明は、これはハイレベルな情報戦だったということだ。偽の情報を海外メディアに流し、党内や軍内に蔓延る張又侠の支持者たちに圧力をかけるためのものだった」
Newsweek「人民解放軍を弱体化させてでも~」より
要は、張又侠氏を排除するためのツールとして利用したという分析である。
この分析の方が腑に落ちるし、長く容認指摘てきたロケット軍内部の腐敗の話だって、今更引き締める理由にはなるまい。
Newsweekの記事では、その理由が「クーデターではないか」という解釈であり、現代ビジネスでは「習近平氏が疑心暗鬼に陥った」という解釈をしている。
どちらにも一理あるとは思うが、個人的には単純な意見対立であるという風に見ている。ただ、意見の対立とはいえ戦略レベルでの方針の齟齬であるため、習近平氏にとっては重大な背信行為であるという整理は成り立つ。
つまり、張又侠氏は1979年の中越戦争に参加した経験を持ち、軍内で人気のある人物だったため、彼の意見は軍部で大きな影響力を持つ。一方で、張又侠氏は人民解放軍の実力をよく知る人物である。
まとめ
今回の粛正は、台湾掌握を巡る方法論と時間軸の対立がついに表面化した結果、そう説くのが最も筋が通る。クーデター未遂でも、単なる腐敗摘発でもないと、そのように思う。
習近平氏の左腕であった慎重派の張又侠氏が排除された結果、台湾侵攻計画が前倒しされる可能性は高くなった。
それが何を意味するのか。
台湾情勢を考える上で、もはや楽観は許されないだろう。





コメント
2024年当時、台湾侵攻に必要な装備は開発中
昨年、揚陸・空挺部隊の装備は完成したが数が揃わない
J-35がエンジン性能の不足でJ-20艦載型を開発中、2027年に間に合わない
2027年に台湾侵攻したら今のロシアよりも酷い事になる
装備が揃う前には習近平の任期終了
その前に経済の立て直しが出来ないと・・・
経済立て直しこそ、ムリゲーのような気がしています。
そうですか、人民解放軍の装備は色々更新されていて、凄い勢いで戦闘機を作っているようですが、2027年には間に合いませんか。
そういった現実路線の話ができる人がいなくなって、どうなることやら。
いまは共産党と解放軍の内情が”見えない”のが実際のところでしょう。
紅皇帝が軍権を掌握したという話もあれば、全国に散らばる各軍団から紅皇帝への忠誠表明がないとか、北京周辺の高速道路が閉鎖されたとか、中南海周辺は紅皇帝直属の治安部隊が固めているとか、張・劉に近い第82軍団が首都の西側に展開しているとか、不穏な話があるようです。
他方では、1/28-1/30にスターマー英首相が北京で紅皇帝と会談したように、国内は平穏を保っているとも。
いまは嵐の前の静けさ?