うんうん、うん?
【独自】スパイ防止へ調整機能付与 国家情報局に、政府法案
2026年02月19日 21時01分
インテリジェンス(情報活動)機能強化に向けた政府の「国家情報会議」創設法案の概要が19日、判明した。会議の事務局を担う「国家情報局」に、外国勢力のスパイ活動を防ぐカウンターインテリジェンス(防諜)のための「総合調整」機能を付与すると明記した。政府は3月中旬にも国会に提出する方針。政府関係者が明らかにした。
47NEWSより
出典は47NEWS。配信は共同通信だね。共同通信さん?その解釈は正しいのかな。
国家情報局の情報は揃っていない
明らかでない情報への色づけ
記事は「防諜の具体的内容は明らかになっていない」としつつ、同時にこう続ける。
防諜の具体的内容は明らかになっていないが、情報局が外交・安全保障のための情報収集・分析といった活動にとどまらず、スパイ防止にも主眼を置く可能性がある。市民に対する監視強化への懸念払拭や運用時の透明性確保が課題に浮上しており、国会審議の焦点となりそうだ。
47NEWS「【独自】スパイ防止へ調整機能付与~」より
しかし、現時点で分かっているのは「総合調整機能」の付与という枠組みだけだ。
- 実動部隊を新設するのか
- 捜査権限を拡大するのか
- 強制権限を伴うのか
そのような点は政府の発表からも報道からも読み取れないし、むしろ分かっている範囲で理解する限り、既存機関に分散している情報を統合・分析する体制整備と読むのが自然だ。にもかかわらず、「監視強化」という言葉が先に提示されている。
ここに違和感を覚えるよね。
特に引っかかったのは、「スパイ防止にも主眼を置く可能性」という下りだ。
情報はもともと分散している
一般的に、「防諜」という言葉からは、スパイを摘発・逮捕する実動組織の創設を意味するとまでは読み取れない。あくまで「総合調整機能」の付与だと解釈するのが自然だろう。
防諜という言葉は刺激的に扱われることが多い。しかし、
- 情報の共有
- 分析の高度化
- 既存機関間の連携強化
といった“統合的な体制整備”を指す概念でもある。逮捕権や強制捜査権を新たに持つ機関を作る、という話とはちょっと次元が違う。
にもかかわらず、「スパイ防止」という語感だけで「市民監視」と結び付けてしまうと、議論の前提がずれてしまう。
国家情報局設立の意義
高市政権が求める情報活動機能強化は、国家情報局の設立の動機となっている。
この辺りの記事にまとめているんだけど、基本的には既に存在する組織の情報をとりまとめたいということだ。
今はこんな感じの組織構成だ。
- 内閣官房:
- 内閣情報調査室(内調):情報の集約・分析を行い、情報収集機能は持たない
- 国家安全保障局(NSS):政策調整・戦略立案の司令塔
- 防衛省:
- 情報本部(DIH):軍事面特化の陸海空の情報部、政治・経済情報は不得手
- 警察庁:
- 警備局(公安):法制上、国内限定の組織構成で対外活動をしていない
- 法務省:
- 公安調査庁(PSIA):国内外の情報収集専門
- 外務省:
- 国際情報統括官組織(IAS):各国要人から情報を得る政治情報収集
それぞれが縦割りで動き、横断的な統合分析機能が弱い。まず求められているのは、ここを整理することだ。
「調整機能付与」という文言は、既存機関の上に新たな“実動監視機関”を置くというより、分散情報のハブを明確化する意味合いが強いのだろう。
現時点では明らかでない
というわけで、現時点では何も明らかにされていないのだが、どうしても彼らは不安なようだ。
「市民に対する監視強化への懸念払拭」や「運用時の透明性確保」って、別に監視されることに問題があるのかな。
法案概要には、首相を議長とする情報会議が情報活動と防諜に関し(1)基本方針(2)配慮すべき国内外の情勢の認識・評価(3)重要事案の分析・評価―を審議するとした。
47NEWS「【独自】スパイ防止へ調整機能付与~」より
この1~3の方針を見る限り、「市民に対する監視強化」ではなく、諜報活動に対応する情報を集め、分析するということになる。
「透明性確保」とは何を指すのか
もう一つ気になるのが「運用時の透明性確保」という表現である。
防諜や対テロ情報は、その性質上、公開できない情報が中核を成す。透明性という言葉が、制度上の統制・監督の話なのか、それとも情報公開の話なのかで意味は大きく異なる。
ここを曖昧にしたまま「課題」とするのは、読者の不安を先に立てる構図になっていないだろうか。
もちろん、情報機関には統制が必要だ。
- 国会による監督
- 行政内部のチェック
- 法的枠組みの明確化
これらは制度設計上の核心である。しかしそれは「透明性」とは別問題だ。
防諜や対外情報活動は、その性質上、公開できない部分が中核をなす。「透明性」という言葉だけを強調すると、「公開されない=不当」という印象を先に植え付ける。
統制の議論と公開の議論は、本来切り分けて語られるべきだろう。
懸念が先に置かれる構図
本来なら、
- 権限の範囲
- 統制の仕組み
- 法的根拠
が示され、そのうえで懸念が語られるべきだろう。
だが今回は、中身が明らかでない段階で「監視強化」や「恣意的運用」という方向性が先に提示される。制度評価より先に、不安の輪郭だけが描かれているように見える。
まとめ
国家情報局が担うとされるのは、情報の集約と分析である。
だが報道機関もまた、情報を集め、それを解釈し、見出しや構成によって社会に提示する、という営みを日常的に行っている。
情報は、その取扱い方ひとつで印象が変わる。それを最も熟知しているのは、他ならぬ報道の側だろう。
だからこそ、情報を統合する仕組みに対して敏感になるのかもしれない。
もっとも、不安を喚起することと、制度を正確に伝えることは別である。
具体像が示される前に、結論だけを先取りしていないか。そこは一度、立ち止まって考えてもよいのではないだろうか。






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