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尹錫悦前大統領に死刑求刑を報じる日本メディアの限界

大韓民国ニュース
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こんなのがニュースになるのか、日本のメディアも暇だな。

韓国の尹錫悦前大統領に死刑求刑…国家非常事態でないのに戒厳令、内乱首謀

2026/01/13 22:0

韓国で2024年12月に戒厳令を宣布し、内乱を首謀した罪などに問われた 尹錫悦前大統領の2回目の論告求刑公判が13日、ソウル中央地裁で開かれた。特別検察官は尹氏に死刑を求刑した。判決は2月にも言い渡される見通し。

讀賣新聞より

内乱罪で裁くのだから、死刑が求刑されるのは当たり前だ。

この手のニュースを「驚き」や「衝撃」として報じる意味がどこにあるのか、正直よく分からない。今回の裁判は、事件そのものではなく韓国の法制度そのものの構造的な問題点にこそ注目すべきなのだ。

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注目すべきは法廷戦術であり判決ではない

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結果のわかりきった裁判

裁判が始まれば、死刑が求刑される。そして、この時点で判決もほぼ確定である。

起訴状などによると尹氏は、戦時や国家非常事態ではないにもかかわらず、憲法に反して戒厳令を宣布し、軍と警察を動員して暴動を起こした。尹氏は、戒厳令の宣布はあくまでも警告の意味であり、大統領の正当な権限行使だったと主張し、無罪を訴えてきた。

讀賣新聞「韓国の尹錫悦前大統領に死刑求刑~」より

通常の裁判は訴状などを見ないと、どんな刑が執行されるかの予測は難しい。だが、今回の場合は内乱罪で裁くことは既に分かっていて、量刑は決まっている。

内乱罪が成立すれば主犯と目されている尹錫悦氏(ユンユン)に求刑されるのは死刑、成立しなければ無罪である。それ以外の判断はない。執行猶予などもない。

整理するとこうだ。

  • 罪状: 2024年12月に、憲法が定める「国家非常事態」ではないにもかかわらず「非常戒厳」を宣布したことが、国家を転覆させようとした「内乱首謀罪」にあたると判断された。
  • 求刑の理由: この行為は「憲法秩序を根底から破壊した」ものだと主張。
  • 法定刑: 内乱首謀罪の法定刑は「死刑または無期懲役(禁固)」のみ。

その結果がわかりきっている理由は、こちらに解説している。

これらの記事で紹介した「法定歪曲罪」は既に成立してしまっているので、内乱罪で有罪判決を出すように圧力がかかることはほぼ確定している。

ユンユンは主犯と認定される可能性が高く、法定刑の選択肢は死刑か無期懲役に限られる以上は、実務上、死刑以外を選択する余地は極めて狭い。死刑か無罪か、というのはそういう意味だ。

そして無罪判決を出した場合、法定歪曲罪の対象とされるリスクが現実的に生じる。

つまり、刑事裁判の段階で「有罪ありき」の圧力構造が完成している。よって、論理的に今回の裁判の結果は導かれるわけで、法的に判断されない可能性が高いと言える。

ソウル中央地裁

だが、死刑判決が出ると考えている理由は他にある。

実は、ユンユンの捜査を行ったのは高位公職者犯罪捜査処(公捜処)と呼ばれる新設された組織であった。そして、内乱罪に基づく逮捕状請求を行った際に、そもそも公捜処には内乱罪の捜査権がないことが問題視された。

しかし、逮捕状は出された。どのようなロジックに基づいてなのかは不明だが、その逮捕状を発行したのがソウル西部地方裁判所なのである。本来は、ソウル西部地方裁判所には管轄権がなく、逮捕状請求をすべきはソウル中央地裁だったはず。

この時点で違法性があったにも関わらず、ソウル中央地裁はこの公捜処による内乱罪の捜査について「合法である」と判断してしまった。

つまり、ソウル中央地裁では問題のある捜査を許可してしまった時点で判断に瑕疵があり、ここを今更認めるのはかなり難しい。よって、自らの判断の正当性を覆さない為には、死刑判決を出すしかないのである。

注目すべきは「法廷戦術」

3つのポイント

では、この結果のわかりきった裁判で何を注目すべきなのか?というと、ユンユンがとる法廷戦術にこそ注目すべきで、日本のメディアはこの点こそ報じるべきであった。

ポイントは3つある。

  1. 法定歪曲罪の違憲性に対する陳述
  2. 公捜処の集めた証拠は、違法性がある捜査で集められたため、証拠として採用できないという主張
  3. 国会で弾劾訴追をするかの決議にあたって、内乱罪を除外した事実の主張

やや難しい話となるが、そもそもの逮捕・起訴及び弾劾手続きにそれぞれ瑕疵があったために、今回の内乱罪の成立の裁判を行うことに問題があり、かつ、裁判官の判断にも忌避理由があるというものだ。

おそらくこれらは何れも認められないが、しかし、主張しない手はないし、韓国司法の良心がもしあったのならば、そこに訴えかける価値は十分にある。

法定歪曲罪の違憲性

法定歪曲罪というのは世界稀に見る法律であり、かつ三権分立を謳う韓国の憲法に抵触する可能性が高い。

この法律が成立してしまったが故に、例えば今回の裁判で無罪判決を出した場合には、裁判官が法定歪曲罪という罪に問われ、裁判官は10年以下の懲役および10年以下の資格停止が決定する。内乱罪に関する判断なので、量刑はおそらく最大。裁判官としては死んだも同然である。

この状況で「法と証拠に基づいた公正な裁判」ができると考える方が無理だ。

それ故に、裁判官は死刑判決以外出せない。その点を違憲性で争うわけである。

このように極めて重い量刑が設定されているにも関わらず、どの程度の解釈逸脱が“歪曲”に当たるのか明記されておらず、違法性・故意の判断基準が抽象的であるため、問題の多い法律である。更に、新設で世界的にも珍しい法律であるが故に、審理で重視される「判例・通説」も存在しない。実に困った法律なのである。

よって、真っ当に考えれば確度は高いが、審理とは無関係だと請求が却下される可能性がある。おそらくは裁判官としても法定歪曲罪は違憲性の高い危険な法律だと考えているだろう。裁判官の良心に関わる問題である。だが、今回の場合、法定歪曲罪との関係を認めて内乱罪の審理を止めることは、「裁判に影響しますよ」と宣言するに等しく、それはソウル中央地裁としても認められまい。

つまり、法廷戦術的には弱い。

証拠棄却

次に、証拠棄却について。

公捜処には内乱罪の捜査権がないという判断は、法律判断であるためここで争うことは可能だと思う。何しろ、公捜処法第2条には、捜査対象が「列記」されている。職権乱用、収賄、虚偽公文書作成、政治資金法違反などが具体的に示されていて、これは公捜処の立ち位置の特殊性から、強力な権限を有する代わりにその権利が乱用されないように範囲が限定されているからだ。

そして、そこには内乱罪の記載はない。ここが重要である。

公捜処側は、「職権乱用罪」などに該当し、内乱罪はその「関連犯罪(公捜処法第2条第4号)」にあたるため、一体として捜査が可能であるという論理を展開しているが、このロジックは極めて怪しい。

法律構成から考えれば、公捜処という強い捜査権原を持った組織は限定的に運用されるべきであり、このような「関連犯罪捜査」として「内乱罪捜査」まで範囲を拡大することは厳に慎むべきだ。他に捜査機関があって正当な捜査権が設定されているのだから、連携して捜査を任せるべきというのが妥当な判断だし、第2条に列記されている趣旨から考えれば、「関連犯罪」だとしてどこまでも幅を広げて、他の捜査機関の捜査を妨害するようなことになったのだから、これは違法捜査に他ならない。

そうした捜査の違法性を主張すれば、その違法な捜査によって集められた証拠は裁判で採用すべきではないというロジックは完成する。こちらも確度は高いと思うが、取り合ってもらえるかは不明。

弾劾訴追の適法性

ユンユンを弾劾するにあたって、憲法裁判所で弾劾訴追のための決議がなされている。

ところがこの請求理由には内乱罪は記載されなかった。この下りに関して、韓国のメディアも取り上げていたが、既に消えてしまっているものが多かったので讀賣新聞を引用しよう。

韓国大統領弾劾巡り訴追団が内乱罪立証を撤回、審理迅速化図る…与党側「訴追自体が誤り」と反発

2025/01/04 21:21

韓国の憲法裁判所で3日に行われた 尹錫悦
ユンソンニョル
 大統領の戒厳令宣布をめぐる 弾劾
だんがい
 審判の弁論準備手続きで、野党議員で構成する国会の訴追団が訴追事由から内乱罪を撤回し、戒厳令の違憲・違法性の審理に絞ると表明した。大統領や与党側は「弾劾訴追自体が誤りだ」と反発している。

内乱罪の撤回は、審理の迅速化を図りたい野党の思惑を反映した法廷戦術とみられる。内乱罪の立証には長時間を要するとみられる上、尹氏は、戒厳令宣布は正当な統治行為だったと反論に自信を見せている。

讀賣新聞より

記事では「法廷戦術」などと書かれているが、弾劾訴追の理由が書き換えられていること自体が問題なのである。

そもそも国会の弾劾請求理由には内乱罪の記載があった。韓国国会は、内乱罪にあたる行為をしたからこそ弾劾請求をすると判断した。が、その請求決定がなされた後、弾劾訴追にあたって内乱罪を削除。そうすると、請求理由が途中で変更され、弾劾訴追の議決がなされたというおかしな構造になる。

ただしこうした姑息な手法はかつての弾劾訴追でも行われた実績があるとのことで、OINK案件だと理解するしかない。

ところが、国会訴追団は3日の第2回弁論準備手続きで突如、内乱罪を撤回した。裁判官が「戒厳に関連する一連の行為が内乱罪、職権乱用罪、特殊公務執行妨害など刑法上の違反に該当するという主張を撤回するということか」と念を押した。野党の代理人は「事実上、撤回する」と返答した。「憲法裁判が、刑法違反かどうか(の立証)に埋没するのを防ぐため」と理由を述べた。捜査機関が尹氏を内乱容疑で捜査しており、「刑事裁判で立証される」とも説明した。

これに対し大統領側の代理人は「内乱罪を除いてしまえば訴追事由の中身がなくなる。内乱罪が成立しないのならば弾劾訴追は間違っていたということになる」と猛反発した。

讀賣新聞より

本来であれば弾劾請求も、弾劾訴追も極めて慎重に行われるべき手続きである。それをこのような運用がされた事自体、行政の暴走、司法の暴走とされるべきなのだ。

尤も、政治的・制度的な歪さはともかくとして、今回の審理で採用される論点かというとかなり危うい。これも主張しない理由はないが、法廷戦術としては微妙かもしれない。

まとめ

そういうわけで、今回の裁判は結果など見るべきところはないのだ。

ユンユンがどのような戦術を用いるか?が最大の注目点であり、それがどのような理由を付けて棄却されるかが重要なポイントになる。それが二審でどう判断されるかの試金石にもなる。ユンユンはそもそも内乱罪に当たらないという主張で行くような報道がなされているが、そこは危うい気がする。

他方、日本のメディアの「死刑求刑」「死刑判決」という表層だけをなぞる報道には、正直言って何の価値もない。

それくらいの構造分析は、素人でもできるのだから、日本のメディアもそろそろやってくれないものだろうか。

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