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支那の自動運転車が欧州へ?──「竹のカーテン」越しの安全神話を信じられるか

北欧ニュース
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国内ニュースは混沌としているので、海外に目を向けてみよう。トランプ氏が支那からの輸出品に「関税100%にするぜ」と言い出したようだが、支那としても状況がコロコロ変わるアメリカをターゲットにするのは不安らしい。

アングル:中国自動運転企業が欧州へ進出加速 競争激化で警戒も

2025年10月11日午前 7:59

米国市場からの締め出しを受けた中国の自動運転技術企業が欧州進出を加速している。欧州に本部や拠点を設け、データ契約を結び、道路での走行試験を進めており、競争をめぐる懸念から地元勢に警戒感が広がっている。

ロイターより

要するに「欧州向けの自動運転車を売り込みたい」という動きが強まっているわけだ。

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どうしても輸出したい!の欲望で前のめりに

支那の自動運転は「輸出段階」に来たのか

背景には、米中摩擦による輸出多角化の必要性と、支那国内市場の停滞がある。

淘汰は進んだとはいえEVメーカーはいまだ乱立し、デフレ傾向で国内需要は冷え込んでいる。結果、「海外で売るしかない」という構図だ。

世界最大の自動車市場である中国では現在、多くのエントリーレベル車種を含め、販売されている自動車の半数以上が自動運転技術を装備しており、標準装備となる車種もある。

ロイター「中国自動運転企業が欧州へ進出加速~」より

なるほど優れた技術を詰め込んだ多数の車種が取り揃えられているし、国内でその技術検証も進められているのだろう。

しかし、問題は技術そのものよりも「どの基準で安全と判断するのか」という点にある。もっと言えば、支那の言う「安全」は欧州の「安全」が本当に同じ意味なのか?

支那国内では「レベル4相当の自動運転がすでに実現している」と喧伝されている。が、その信頼性を裏づけるデータや検証プロセスは、ほとんどが公開されていない。

自動運転の「責任の所在」は誰にあるのか

自動運転車の最大の課題は、事故発生時の責任の所在である。

欧州の自動運転技術企業、ウエイブの創業者であるアレックス・ケンドールCEOは、欧州は規制を簡素化して市場を開放すべきだと主張する。中国企業による競争は、誕生間もないこの産業の成長を加速させるとの期待を示す。

ロイター「中国自動運転企業が欧州へ進出加速~」より

積極的に輸入出来るような市場を解放したいという風に考える人もいるようだが、本当に環境整理は進んでいるのか。

例えば、フランスで支那製の自動運転車が100%過失の追突事故を起こしたとする。その場合、警察が交通ルールに基づいて事故処理を行うのは当然だが、「なぜ事故が起きたのか」を調べる主体は誰になるのか。

フランス警察は車両を押収できても、ソフトウェアのアルゴリズムやAI判断プロセスまでは解析できない。結局、メーカーに「原因を究明せよ」と命じるしかないが、そこで返ってくる答えはおそらく「システムに異常はありません」という、見慣れた文言だろう。

輸入車としての「透明性リスク」

これが欧州国内メーカー製の自動運転車であれば、問題は比較的シンプルだ。EU法の枠組みの中で責任追及が可能だからだ。

しかし、支那製となると話は別である。事故の解析データを提供するかどうか、あるいはそのデータが「改ざんされていない」とどう保証するのか——この点は極めて曖昧だ。

英スタートアップ企業、フュージョン・プロセッシングのジム・ハッチンソン最高経営責任者(CEO)は、国家安全保障と競争上の懸念を理由に、より厳しい監督の必要性を主張。「この技術を導入するなら、公平な競争環境のためにより高いレベルの規制と少なからぬ介入が必要だ」と語った。

ロイター「中国自動運転企業が欧州へ進出加速~」より

つまり、自動運転そのものの性能よりも、事故発生後の透明性と検証プロセスの信頼性が問われるのだ。

欧州側のルール整備は間に合っていない

欧州連合(EU)は現在、自動運転レベル3までを想定した法制度を整備しているが、レベル4・5への対応は各国バラバラである。

にもかかわらず、支那企業は「すでに実証済み」「問題なし」として、テスト走行を急いでいる。だが、これは「市場が整う前に製品を持ち込む」形であり、技術輸出というよりも“在庫処分”に近い

欧州側が十分な安全評価体制を整える前に、走り始めてしまうのは、まさに“技術の無責任輸出”である。

そんな実態を正確に把握しているのか、いないのか。欧州では積極的に技術を取り入れたいとか、市場拡大したいとか、そういった思惑もあるようで、割と積極的な検討がなされているようだ。

これは多分、現在低調な欧州経済の活力を求める声が多数挙がっていることと、無関係ではあるまい。市場解放こそ正義だと考える人が多い欧州の悪癖が、ここへ来て足を引っ張る可能性が。

「竹のカーテン」の向こう側にあるもの

支那の技術力に優れた部分があるのは事実だ。しかし、AI判断を伴う自動運転は「見えない部分」でこそ信頼が問われる。

閉鎖的な国家システムの中で評価された安全基準を、民主的な透明性を重んじる欧州がそのまま受け入れることができるのか?

それとも、支那の“竹のカーテン版レベル4”を、世界標準と錯覚するのか?

少なくとも、現時点で欧州がそれを「信じる理由」は見当たらない。

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