アメリカのEV推進政策に明確なブレーキがかかり、その影響が自動車産業全体に波及し始めている。
アングル:フォードのEV撤退、政策転換と需要減の二重苦で
2025年12月18日午前 10:08
米フォード・モーターのジム・ファーリー最高経営責任者(CEO)は15日、ミシガン州のデザインスタジオを歩いていた。考えていたのは、EV(電気自動車)開発につぎ込んだ時間の重さだ。米国の車づくりを変えられる──そう信じて進めてきた計画を、いま自分の判断で止めようとしている。数千時間の仕事が、振り出しに戻る。
ロイターより
フォードがEVから撤退する理由は単純だ。売れず、しかも儲からないからである。
EV需要のミスマッチ
EV需要は減速傾向なのか
アメリカ国内のEV熱は確実に冷めつつある。その象徴が、トランプ政権の明確な政策転換だ。
トランプ米次期政権で変わる自動車環境規制
2025年1月15日
トランプ米次期政権(2025~2029年)が「電気自動車(EV)義務化撤廃」を掲げていることから、EV普及を促す環境規制の変更が予想される。次期政権下での規制見直しに備え、連邦や、環境規制に積極的なカリフォルニア州での地球温暖化ガス(GHG)排出規制の現状と、トランプ第1次政権下での連邦、州政府の動き、自動車業界の対応を整理する。
JETROより
このメッセージ自体は年始から出ていたが、市場の空気が変わったのは2025年10月以降だ。
第3四半期の米自動車販売は前年同期比6.3%増と好調、EV税額控除前の駆け込みなどが後押し
2025年10月03日
米国自動車市場の統計を提供するモーターインテリジェンスの発表(10月1日)によると、米国の2025年第3四半期(7~9月)の新車販売台数(暫定値)は、前年同期比6.3%増の415万5,036台となった(添付資料表1参照)。
JETROより
第3四半期までは概ね好調だった。が、多くの自動車メーカーは「将来性はないだろう」ということで過剰な投資は抑制する方針を採ったようで。
記録的な売上高と前述の強い需要の兆候にもかかわらず、一部の企業は生産ラインを減速させたり、新モデルの発売を延期したりしている。こうした後退は、世界が先を行く中で、長期的なビジョンとグローバルな競争力について重大な疑問を投げかけている。
Theicctより
実際の販売台数は伸びている。それでもメーカー側が腰を引いているという点に、EV市場の構造的な不安が表れている。
フォードはなぜ方針を転換したのか
結論から言えば、フォードはEV開発で成功できなかった。
ファーリー氏はこれまで何年も、テスラや中国の主要EVメーカーに追いつくことは「存亡をかけた闘い」だと社員や投資家に語ってきた。だが今、同氏は「生き残りの道は、採算の合わない車種を捨てることにある」と言う。フォードは2023年以降、EVで約130億ドルの損失を出してきた。
ロイター「フォードのEV撤退~」より
EV市場のパイ自体が縮小する中で、赤字を垂れ流しながら参入を続ける理由はない。これは理念の問題ではなく、経営判断の問題である。
決定打となったのが、EV購入補助金の打ち切りだ。
米国のEV販売台数は、1台あたり7500ドルの消費者向け税額控除が9月30日に失効して以降、急減した。この税額控除は、トランプ氏が支持した法案によって廃止された。
こうした政策は、世界の他の2大市場と比べた米国の「EV後進性」を決定づけた。中国ではEVとプラグインハイブリッド車(PHV)が販売の約半分を占める。欧州でも約25%だ。トランプ政権の政策が効き始めた後、米国の販売比率は約5%へと沈んだ。
ロイター「フォードのEV撤退~」より
これの影響をもろに受けるのがLGエネルギーソリューションらしいが、それは割とどうでもいいよね。
LGエナジーソリューション株価2%安フォード契約解除で二次電池軟調
2025.12.19. 10:08
LGエナジーソリューションの株価が19日午前、軟調だ。LGエナジーソリューションと米フォードの電気自動車電池の供給契約が解消されたという知らせが伝わった余波が続いているもようだ。
朝鮮Bizより
結果として、EV販売比率は、
- 中国:約50%
- 欧州:約25%
- 米国:約5%
という「EV後進国」状態に逆戻りした。
アメリカ市場においてEV開発に注力しても、回収できるものがほとんどない。フォードの判断は極めて現実的だ。EVの価格の3割から4割が電池の価格だから、そりゃ無理もないよ。
日本の国内事情
EV後進国へ?
こうした状況を見て、「中国だけがEVの勝者だ」と喝采する声もある。しかし、それほど単純な話ではない。
エンジン車とEVは、同じ自動車という形をしていても、技術体系は大きく異なる。エンジン技術の延長線上にEVがあるわけではない。
だから「EV技術を高めるべきだ」という主張自体は理解できる。だが問題は市場がそれを求めているかだ。
フォードが今後注力するのは、エンジン車とハイブリッド車である。テスラ一強かと思いきや、実際にはテスラも販売比率を落とし、新興メーカーが価格競争で台頭している。
消費者は「EVだから欲しい」のではない。 安くて、使いやすく、総コストが低い車が欲しいだけだ。
充電インフラ、使用感、車両価格を総合すれば、補助金なしのEVが不利になるのは当然である。
歪な補助金
アメリカがそんな情勢なので、日本も似た感じになるのか?と思っていたら、驚きのニュースが。
エコカー補助金、来年から見直し 「日本製EV優遇」と米が批判
2025年12月17日 14時33分
経済産業省は来年から、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)に対する「エコカー補助金」を見直す。EVは補助額の上限を引き上げ、FCVは大幅に引き下げる。日米関税交渉で、米国が得意とするEVへの補助金が、日本勢が強みをもつFCVよりも低いとの指摘を受けていた。
朝日新聞より
国内産業を優遇して何が問題なのか分からないが、米国の圧力を受け、EV補助金を引き上げるという。
バカなのかな?
エコカー補助金をめぐっては、米国通商代表部(USTR)が今年3月の報告書で、一部の米国車メーカーが得意とするEVへの補助金が低く、「日本メーカーが最大の恩恵を受ける」と批判。米国車の日本国内での販売を阻害する「非関税障壁」だとして、「強い懸念」があるとしていた。
朝日新聞「エコカー補助金、来年から見直し~」より
それならいっそ、エコカー補助金を全廃し、その分を重量税や取得税の引き下げに回した方がよほど合理的だ。
補助金で特定の技術を無理に延命させる政策は、行政コストを増やすだけで、技術革新を歪める。
売れ行きが伸び悩むEV
日本国内のEV売り上げだが、少し販売が伸び悩む傾向にあるようだ。

EVが増えれば増えるほど、充電インフラ不足という問題が顕在化する。2025年は回復傾向にあるとはいえ、劇的な増加は考えにくい。
新車投入のタイミングで一時的に数字は伸びるだろう。しかし、2035年に全車EV化(日本の場合はハイブリッド車を含む)など、現実性を欠いた目標だ。
EU、エンジン車禁止を撤回へ 2035年以降も条件付き販売容認
2025年12月17日 1:07(2025年12月17日 2:20更新)
欧州連合(EU)の執行機関である欧州委員会は16日、2035年に内燃機関(エンジン)車の新車販売を原則禁じる目標を撤回する案を発表した。一定の条件を満たせば35年以降もエンジン車の販売を容認する。
日本経済新聞より
流石にEUも方向修正をせざるを得ない状況なので、EV推進に一定のブレーキはかかりそうだが。
まとめ
アメリカはEVに対する過度な理想論から、現実に引き戻された。EUも同様にブレーキを踏み始めている。そして、かつては大量生産によって自動車業界の寵児ともてはやされたフォードだが、EV開発に力を注いだ結果、自らの首を絞めてしまった。
その中で、日本だけが制度面で取り残されつつある。
本来この議論は環境負荷低減から始まったはずだ。しかし、補助金によって環境負荷の高いEVを無理に選ばせるという、本末転倒な状況を招いた。未だにEVは重くて充電インフラ不足から使い勝手の悪いツールであり続けるが、売り上げだけは伸びる様は実に歪である。技術の発展は行政の都合で誘導してはならないのに、行政都合で技術進歩を誘導した結果が、今の歪みなのだ。
そろそろ「補助金ありき」の発想から脱却すべき時期だろう。
追記
アメリカの巨額補助金にぶら下がっていた寄生虫(失礼)が、ピンチのようだ。
韓国SKオンとフォード、米電池合弁事業終了へ
2025年12月12日午後 2:07
韓国電池大手SKオンは11日、米自動車大手フォード・モーターとの合弁電池工場事業の終了を決めたと発表した。エネルギー貯蔵システムなど成長分野に軸足を置く事業再編の一環。
SKオンは今回の決定について、市場の変化への迅速な対応、北米におけるエネルギー貯蔵システム事業の加速、電池事業における生産性とコスト競争力の強化を目的とした、資産と生産能力の戦略的な見直しに基づくものだと説明した。
ロイターより
ある意味良かったね。SKオンにしてみれば災難ではあるのだが、計画にそもそも無理があったのである。おかしな事業に邁進して巨額の損失を出すより、スタート前に結論が出てよかったのではないだろうか。



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