あーそう。
「踏み込みすぎだ」と批判 沖縄・玉城知事、辺野古事故巡る文科省の判断に
2026/5/23 22:26
沖縄県の玉城デニー知事は23日、同県名護市辺野古沖の船転覆事故で文部科学省が同志社国際高(京都)の学習プログラムは政治的中立に反すると判断したことを巡り「学ぶ環境を提供することは平和教育の根幹。そういうところに踏み込んでくるのは、踏み込みすぎだ」と批判した。同県うるま市で開かれた支援者の集会後、報道陣の取材に応じた。
産経新聞より
この記事を読む限り、この人物は、沖縄県知事の立場にある者として、極めて問題のある認識を示していると言わざるを得ない。こんな姿勢を続けるのであれば、次の選挙では落選してもらうしかなさそうである。
何が一番大切なのか
原因究明に全面協力
先ずは、関連記事について。

正直、追記する内容は多くない。だが、ここまで露骨な擁護姿勢を示す以上、関連団体であるヘリ基地反対協議会と運命共同体であることを隠す気もないのだろう。
なお、この団体、事故を起こした張本人であり、事故についての謝罪文もネットに公開をしている。
事故発生が3月16日で、謝罪文を掲載したのは4月2日。
当事者意識の欠如が、このタイムラグからも見て取れる。文面に関するツッコミは、すまい。興味のある方は読んで判断していただければ良いのだが、1点だけ気になる言及がある。「各機関による事故原因究明に全面協力する」と書かれているんだが。

全面協力とは、一体何をするということなのだろうか。
そんな団体と一蓮托生を選んだのが、沖縄県知事である。
知事の責任
当然ながら、行政の長という立場において、無許可営業や無登録船舶による活動が行われていた実態をどのように受け止めているのかは問われるべきだろう。
一方で事故が起きたことについては「海難事故の再発防止に向けて反省し、立て直していかないといけない」とした。
産経新聞「「踏み込みすぎだ」と批判~」より
再発防止は当然として、何を反省し、何を立て直すつもりなのかが見えてこない。
もちろん、船舶登録は海上保安庁や関係行政機関の管轄であり、営業許可等も沖縄地方運輸局の権限領域だろう。その意味では、知事の直接の権限外ではある。
しかし、だからといって、法令違反が疑われる、あるいは明確な違法行為を伴う抗議活動を繰り返してきた団体に対し、擁護的な立場を取ることが適切なのかという問題は残る。
知事の立場であれば、本来は安全管理の徹底、実態解明への協力、違法行為の取り締まり強化といった点に主眼を置くべき話ではないのか。
加えて、引用発言の主語も不明瞭である。
前後の文脈からすれば、「海難事故の再発防止」に対する主体は本来「協力」であるはずだ。その後に続く「立て直す」が何を指すのかも判然としない。
文脈上は「平和学習」の立て直しを念頭に置いているようにも読めるが、それならなおさら不可解だ。学習プログラムの運営責任は、第一義的には学校側にあるからだ。
何に踏み込んだのか
さて、冒頭の発言に戻ろう。
玉城氏は、「学ぶ環境を提供することは平和教育の根幹。そういうところに踏み込んでくるのは、踏み込みすぎだ」と述べている。
もし、この「学ぶ環境の提供」が県主導で行われていたことを意味するのであれば、県自らが学校教育に政治的色彩を持ち込む立場にあったことを認めたに等しい。
そうであるなら、教育基本法14条との関係を問われるのは当然であり、「踏み込みすぎ」と反発する筋合いの話ではない。
むしろ、「平和教育」の名目があれば、政治的中立性や安全管理上の問題は二の次で構わない、という姿勢として受け取られても仕方あるまい。
まとめ
今回の発言は、沖縄県知事としての立場よりも、自らの政治的立場を優先する姿勢を改めて示したもののように見える。
だが、そこに生徒の安全や事故の重大性への十分な配慮が感じられないことには、強い違和感を覚える。
誤った方針によって人命が危険に晒されたのであれば、まず求められるのは再発防止と検証であり、必要ならば方針の修正である。
そして教育に関わる以上、法令遵守は最低限の前提だ。子を持つ親として、生徒の安全が軽く扱われているように見える点には強い危機感を覚える。
安全よりも物語(ナラティブ)の維持を優先するというのであれば、行政の長として厳しく批判されるのは当然だろう。



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