面白い記事ではあるが、ちょっとした違和感も感じたので、それを解きほぐしていくために記事にしてみた。
「早く軍艦建造を」トランプ大統領の期待に応え…1500億ドルの韓米造船協力始動
登録:2026-06-25 19:14
韓米の戦略的投資覚書に基づく1500億ドル規模の造船協力投資の実施に向け、25日、政策金融機関と造船会社が手を組んだ。韓国政府が米国に提案した「MASGA」(米国の造船業を再び偉大に)プロジェクトの第一歩を踏み出したもの。両国が利益を分け合う2000億ドル規模の対米戦略産業投資とは異なり、造船協力投資の収益はすべて韓国企業に帰属する。
ハンギョレより
この話は韓国の対米投資の一環として掲げていた造船業への投資の正体が見えてきた、ということなのだけれど、ハンギョレの記事は、「利益は韓国企業の総取り」という側面を強調している。しかし、実際には韓国企業と韓国政府が大半のリスクを負う構造になっており、成功するかどうかは不透明である。
リスクとリターン
対米投資はリスク込み
この関連記事はいくつか書いた。そのうち、1つがこちら。

この記事では、韓国の造船業の強みが果たしてアメリカで発揮できるのか?という懸念を指摘している。
韓国造船業の強みは、造船の効率化であり、近代化による製造能力の向上こそが、韓国らしさという部分でもある。
で、韓国政府としてはこの投資協定に基づいて、1500億ドル規模の投資をする決定をした。
業務協定に基づき、これらの機関・企業は「韓米造船協力投資協議体」を構成し、情報交換、事業機会の創出、政策金融支援などを共同で推進することになる。ク副首相は「世界最高水準の韓国の造船会社が米国の造船業再建を支援すると同時に、大手造船会社から中小造船会社、機器協力企業まで、韓国の造船エコシステム全体が新たな仕事と市場を得る相互利益の投資になるだろう」と述べた。続いて機関側に対し「適時に十分な資金供給」を強調し、「個別企業が単独では負担しきれないリスクや初期投資の不確実性を共有できる金融支援策を積極的に検討してほしい」と要請した。
ハンギョレ「「早く軍艦建造を」トランプ大統領の期待に~」より
造船業界は「もっと優遇お願いね」ということを言い出していて、なかなか興味深い。
韓国造船業は、かなり国家に甘やかされているから、すぐにこういう反応をしてしまうんだよね。
造船協力投資とリスク
ここで気になる表現がある。「保証や船舶金融などを通じて韓国国内の造船会社を支援」という部分。
造船協力投資は、韓国政府が政策金融や保証を通じてリスクを引き受ける仕組みであり、実質的には韓国政府が信用補完を行う構造に近い。
中身はこんな感じの構成となっている。
- 米国:土地、電気、用水を貸すだけ(追加の国費負担はほぼゼロ)。
- 韓国企業:現地に環境を整備し、現地で人手を調達した上で、軍艦を造る(赤字リスクを直接背負う)。
- 韓国政府(政策金融機関):現地の韓国企業に対し、1,500億ドル規模の「融資」や「保証」を出す。
ところが、こんな風に説明されている。
造船協力投資は、保証や船舶金融などを通じて韓国国内の造船会社を支援する方式で推進される。発生する収益はすべて韓国企業に帰属する構造だ。米国は事業推進に必要な土地、用水、電力、購入契約などを支援する。
ハンギョレ「「早く軍艦建造を」トランプ大統領の期待に~」より
この書き方だと、あたかも韓国国内の造船会社に公金が投入されて、「利益が得られる」ように見えるのだが、現実は「収益はすべて韓国企業に帰属」するというものだ。
「収益」なので、当然、赤字が発生すればその分を負担することになる。アメリカはほぼリスクゼロで、ショバ代をせしめて、更に雇用も生み出してもらうという格好だ。
もちろん、「ほぼ」と書いたのには理由がある。韓国の造船事業が失敗すれば、アメリカ海軍の戦力再建が遅れ、その失敗は政治的リスクへとつながりかねないからである。
……その可能性が高いとは、思っても言ってはいけない。
更なるハードル
そして、この段階においても不安要素が。
- 米議会からの強いブレーキ
- 米連邦下院軍事委員会などでは、「米軍艦を外国の労働力やブロック(部分)で建造すべきではない。米国の支出は米国の雇用を支えるべきだ」として、海外資本との連携や海外調達を厳しく禁止する法案が推進されている。
- 大統領令の不確実性
- トランプ大統領が規制緩和の大統領令を発出してブロック単位での韓国生産を認めようとしても、米国の造船所労働組合などの強い反発に直面するリスクが残っている。
言わずもがなのリスクなのだけれど、実際これらの問題も丸抱えでの船出となったのが、韓国造船業なのだ。
李在明大統領は、最近の主要7カ国(G7)首脳会談で、トランプ大統領から「米国の軍艦10隻を迅速に建造できるか」という質問を受けたと明らかにした。今年2月にホワイトハウスが公開した「米国海洋行動計画」の報告書によれば、米国の造船能力は世界の商船建造の1%未満にとどまる。全66カ所の造船所のうち、400フィート(122メートル)以上の大型船の建造が可能な造船所はわずか6カ所しかない。熟練労働者の不足などが主要な問題点として指摘された。
ハンギョレ「「早く軍艦建造を」トランプ大統領の期待に~」より
トランプ氏からは「早く作れ」というオーダーは出ているが、韓国大統領の李在明氏(ミョンミョン)は、「できらぁ」と答えてしまったらしい。
いやまあ、韓国造船業がかなり追い詰められていて、このまま続けても未来はない。
人手不足と「外国人労働者頼み」の限界
韓国国内の造船所は、いまや凄まじい労働力不足に陥っている。
- 過酷な労働環境と低い賃金(後述の構造的理由による)から、韓国の若者は造船業を完全に忌避
- 現場を支えているのは、東南アジアなどから受け入れた大量の外国人労働者(E-7ビザ等)で、意思疎通の難しさによる生産性の低下や技術継承の断絶が大きな問題となっている
- これ以上、国内で規模を維持・拡大しようにも、「現場で働く人間がそもそも集まらない」という限界に達している
支那の「圧倒的な低価格・量産攻勢」による包囲網
- かつて韓国のお家芸だった汎用商船(コンテナ船やバルク船)のシェアは、支那の国策による圧倒的な安値攻勢の前にほぼ全滅
- 韓国が最後の砦としていた高付加価値船(LNG運搬船など)の領域にまで支那企業が急速に技術力をつけ、受注を奪い始めている
- 支那政府の手厚い補助金をバックにした価格競争には、韓国国内の民間企業がどれだけコストカットを重ねても太刀打ちできない
国内で防衛産業(軍艦)をやっても儲からない
- 韓国の防衛事業庁(DAPA)による国内発注は、予算の制約が厳しく、利益率が極めて低く抑えられている
- 限られた国内シェアを巡って現代重工業とハンフィア海洋が激しいロビー活動や訴訟合戦を繰り広げており、国内市場はまさに「共食い(レッドオーシャン)」状態
簡単に言うと、韓国造船業は支那の造船業に駆逐されつつあり、人手不足もあって滅びが眼の前に来ているのだ。アメリカでの事業は、まさに一発逆転のチャンスに「映る」のである。実際、成功する可能性だってそれなりにはあるのだから。
アメリカの造船業のキビシイ実態
アメリカ海軍としては、安全保障的な観点からもアメリカ国内の造船業界に頑張って欲しくって、その補完策として日本の造船所によるMROやモジュール生産への協力を期待しているのが本音。
米シンクタンク、米造船産業振興に向け、日韓企業の対米投資誘致の必要性など提起
2025年05月20日
米国のシンクタンクは、米国の造船産業の振興に向けて、日本と韓国との協力が有力な選択肢になるとのレポートを相次いで発表している。
戦略国際問題研究所(CSIS)は5月15日、「米国と北東アジアの同盟国との造船協力の道筋の特定」と題した報告書を公表した。報告書では、米国内の造船産業は労働力不足や設備老朽化などの理由で、生産拡大が制限されていると指摘し、商船建造能力を有し米国と緊密な協力関係にある日本や韓国との協力を検討すべきだと総括した。具体的な協力手段として、(1)日韓が米海軍艦艇の整備・修理・オーバーホール(MRO)に参加する、(2)日韓企業が米国の造船所を買収する、(3)米日韓が軍艦建造をモジュール化し、共同生産を行う、(4)米国が日韓の造船所から軍艦を購入することの4点を挙げた。(2)に関しては、韓国のハンファグループが2024年12月にフィリー造船所の買収を完了した事例を挙げ、日韓企業の造船技術の移転を通じて、米国内造船産業の活性化を図れると説明した。
JETROより
JETROのレポートなどには「日韓」とあるが、実績のある日本の造船所でのメンテナンスを強く望んでいるのが実態で、「できるのであれば」「韓国にもお願いしても良いかも」という感じである。
米海軍高官が議会で「すべてがぼろぼろの状態だ」「新造も修理も半年以上遅れ、予算は50%以上オーバーしている」と悲鳴を上げているので、とにかくなんとかしてくれと。アメリカでは待ったなしの課題なのだ。
なお、日本はアメリカへの造船関連の投資はお断り方向で動いている。

こちらの記事でも紹介しているが、今治造船は「そんな余裕はない」と一刀両断だ。
メンテナンスは請け負う
なお、日本でもアメリカ軍の艦艇のメンテナンスを請け負ってはいる。

この日本での整備事業に関しては、かなり好感度が高いようで、「日本で整備するとピカピカになって帰ってくる」「納期を守ってくれる」と、喜ばれているらしい。
なお、アメリカで整備するよりも、日本に寄港したついでに日本の造船所で整備してもらったほうがコストが安く、高度な整備をしてもらえるとのことで、苦笑いするしかない。
オールジャパンで日本造船業の国際競争力復活へ 次世代船の開発・基本設計を集約、MILESに出資
2026年05月19日
日本の造船業は、いま大きな分岐点に差し掛かっている。脱炭素という不可逆の潮流の中で、船はかつてないほど複雑さを増し、 設計・開発の負荷は高まった。一方で、国内造船業が抱える設計人材の不足と分散という構造問題は、個社努力の限界を超えつつある。この現実に向き合い、日本郵船は「日本造船再生」を支援する取り組みを進めている。
日本郵船より
なお、日本造船業は復活の狼煙を上げており、これが成功すれば、アメリカにも整備効率が上がって嬉しいという利益還元の可能性があるため、トランプ氏としても強くは言えないようだ。
その代わりかどうかは不明だが、日本製鉄が投資額を拡大している。
利益も出る見込みらしいし。
まとめ
韓国造船業は、アメリカでの事業拡大に望みを繋ぎ、そのために積み上げられたのが造船協力投資協議体が提示した造船協力投資である。
その収益は韓国総取り!と読めるこの記事は、紐解いてみるとちょっと危うい偏向を含んでいるように思われる。投資にはリスクとリターンが付き物で、リスクについては全く言及していない記事だからね。
しかし、その賭けに出たのが韓国政府と造船業界のタッグで、上手く行けば利益を総取り(できると良いねぇ)ということは、あり得るかもしれない。そこそこ上手くいくのが大切で、利益を出しすぎるとアメリカに怒られるので、バランスが大切だとは思うけれど。
え?日本?日本の協力は日本でのメンテナンスだよ。韓国造船業界はUSスチール(日本製鉄)から鉄を買ってね。



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