前回の記事では、「今回の移民流入はモロッコ側の政治的意図ではないか」という趣旨のコメントを多く頂いた。
スペイン領になぜ突然移民が殺到したのか? モロッコ当局の関与を示す証言も
2026.08.02 09:00
スペイン内務省は7月31日、北アフリカに位置する同国の飛び地セウタにモロッコから流入した約6万人の移民のうち、少なくとも4万8300人が母国に戻ったと発表した。
Forbesより
そこで、西サハラ問題を中心に資料を読み直しながら背景を整理してみた。
結論から言えば、きれいに一本の線で説明できる話ではない。モロッコ、アルジェリア、スペイン、さらにフランスまでが絡み合い、それぞれの利害が交錯している。
本記事では、その複雑な関係をできるだけ時系列に沿って整理してみたい。
混沌のアフリカ情勢
モロッコと西サハラ
ゾンビ映画さながらのような光景を繰り出したのは、スペインの飛び地、セウタ。


海水浴、と言うには少し異様な光景で、海を泳いで入国してきたという説明を聞けば、納得は出来る。数万人(記事によって異なるが、6万人程という主張が多い)もこの調子で押し寄せたら、流石に笑えない。
流入した人々はモロッコ人が多く、その大半を若年層が占めていたようだ。
で、コメントを頂いた方の多くが、モロッコ側の問題を指摘してはいたんだよね。
そのことを裏付ける記事を探してはいたんだけれど、結構、そういう意見を示す記事は多かった。冒頭の記事もそれで、西サハラ問題を指摘している。
モロッコはかねてより、政治的な理由から移民問題をスペインに対する圧力として利用する可能性があると考えられてきた。セウタは北アフリカに位置するスペインの領土だが、モロッコと直接接しており、スペインはこの飛び地の移民管理をモロッコ側の協力に頼っている。モロッコはこれまで、外交上で対立するたびに国境管理を緩めたと非難されてきた。今回のような移民の突然の大規模な流入は、同国が協力を停止した場合、どれほど深刻な事態になるかを相手国側に示す手段となり得る。
この問題は、西サハラ問題とも一部関連している。西サハラは、同地域を事実上支配するモロッコと、隣国アルジェリアの支援を受ける独立派武装組織「ポリサリオ戦線」の双方が領有権を主張しているアフリカの係争地だ。この問題を巡っては、スペインはモロッコの立場を支持してきたが、アルジェリアとの関係強化をはじめとする最近のスペインの動きが、モロッコとの間に新たな摩擦を生み出している。
Forbes「スペイン領になぜ突然移民が殺到したのか?~」より

モロッコの南側に横たわるのが西サハラ地域で、現在も国連が指定する「非自治地域」である。国連が指定しているということの意味は紛争地帯だってことだね。ここの領有権は旧スペイン領で、モロッコが実行支配しており、独立を主張するポリサリオ戦線(サギアエルハムラ・リオデオロ解放戦線)が対立している。
略歴を書くとこんな感じだ。
- 1884年:ベルリン会議の時期に合わせ、スペインがこの海岸地域を自国の領とすると宣言
- 1975年:スペインの撤退と共に、モロッコとモーリタニアが分割領有を主張して侵攻開始
- 1976年:スペインが行政権を手放し、支配が終わる
- 1970年以降:地元の先住民族「サハラーウィ」を中心に結成されたポリサリオ戦線が独立を掲げて武装闘争を開始し、1975年11月「サハラ・アラブ民主共和国」の建国を宣言
- 1979年:モーリタニアは領有権を放棄して撤退
- 1991年:モロッコとポリサリオ戦線は国連の仲介で停戦合意
今なお領土問題で揉めているのがこの西サハラ地域なのだ。
アルジェリアの介入
当初はモロッコと並んでモーリタニアも領有権を主張していたが、隣国アルジェリアが指を加えてみていたかと言うと、そうでもない。
「西サハラ」領有権問題は、表向きはモロッコとポリサリオ戦線の対立であるが、実際にはモロッコとアルジェリアとの対立に他ならない。アルジェリアは、フランスからの独立戦争を勝ち取った歴史的経緯から、植民地の開放、民族自決を国の重要指針としており、それ故にSADRの独立を支持するとの立場をとっている。しかしながら、「西サハラ」問題は植民地からの開放でも民族自決問題でもない。スペインによる植民地支配は50年前に終了しているし、民族的にモロッコ人・モーリタニア人とサハラウィは同根であり、歴史的、宗教的、文化的な差異もほとんどない。よく知られていることであるが、ポリサリオ戦線のトップに立つブラヒミ・ガリは正真正銘のモロッコ人である。こうしたことは、この地を保護領として運営した経験を有するスペイン、フランスの両国にとっては当然の認識であろう。これが本件に関して、アルジェリアの立場に両国が冷淡な一因でもあると推測している。
霞関会のサイトより
この見解が何処まで正鵠を射ているかは分からないのだが、少なくとも代理戦争状態であることは疑いようがないようだ。モロッコと対立するポリサリオ戦線と、ポリサリオ戦線を支援するアルジェリアという構図だね。
モロッコとポリサリオ戦線は何度か合意して、民族自決の権利行使の住民投票をしようという話になったんだけど、しかし、30年もゴダゴダと闘いを続けた上、今なお合意できていない。
それどころか、モロッコとアルジェリアとの間が拗れる。
セウタでは2021年5月にも同様の事例が発生し、わずか2日間で8000人を超える移民が人口約8万5000人の同市に押し寄せた。ビバス知事は、地元当局は「流入した移民の数を把握することさえできない状況にある」と述べ、「セウタ市民は今、苦悩、不確実性、不安、そして恐怖に満ちている」と訴えた。
Forbesより
セウタに移民が押し寄せる事件が2021年5月にあった後、アルジェリア北部での火災が発生。
アルジェリア、モロッコと国交断絶 「敵対行為」めぐり
2021年8月25日 20:37
アルジェリアのラムタン・ラマムラ(Ramtane Lamamra)外相は24日、隣国モロッコによる「敵対行為」を受けて国交を断絶すると発表した。両国はここ数か月、新たな緊張関係にあった。
両国は長年、相手政府が双方の反政府勢力を代理として支援していると非難し合ってきた。特に、アルジェリアが係争地である西サハラ(Western Sahara)の独立派を支援していることは、モロッコにとってアルジェリアとの不和の種となっている。
アルジェリア北部では今月、多数の死者が出る山火事が発生。その原因をめぐり同国は先週、モロッコが関与したと断定していた。
AFPより
これによって、アルジェリアとモロッコの国交が断絶。
2021年11月1日、アルジェリアはモロッコとの関係悪化を理由に、モロッコ経由でのスペイン向け天 然ガス輸出を停止した。両国の関係はさらに悪化しており、供給再開の見通しは立っていない。
JOGMECより
更に関係悪化する天然ガス輸出停止の騒ぎに繋がる。これに対抗するために、モロッコはスペインからガスを逆向きに流してもらうなどの策で対抗。
№7 アルジェリア:スペイン向けガス売却価格の引き上げへ
2022/04/11
2022年4月1日、炭化水素公社「Sonatrach」のハッカール総裁は、資源価格が高騰する中でも石油・ガス輸出価格を据え置く方針を示した一方、スペイン向けのガス売却価格に限り、引き上げの可能性を示唆した。7日には、スペインのリベラ第3副首相兼環境移行・人口問題相も、実際にSonatrachが売却価格の引き上げをスペイン側に伝えてきたことを認めた。
中東かわら版より
ところがこれに起因してアルジェリアとスペインとの関係が悪化。大変ややこしい関係になっている。
フランスも関与
更に面倒なのは、モロッコの後ろにはフランスがいるらしいことだ。
フランス開発庁が「西サハラ」地域に対して最初に表明した開発協力案件がダフラ(「西サハラ」南部の主要都市)からカサブランカまでの送電線建設事業であったことを見れば、仏政府の目論見は明白であろう。もう一つ、見落としてはいけないのは、この地域の安全保障上の位置づけである。ここ数年、フランスはサヘル地域からの撤退を余儀なくされ、もはやサヘル地域の軍事的なコントロールを喪失してしまった。その結果、この地域からのテロ、麻薬、武器そして不法移民の流出が欧州諸国にとって大きな脅威となっている。
霞関会のサイトより
元々、フランスはモロッコとアルジェリアに対して二股外交を続けていたのだが、2024年半ばからモロッコ側へ完全に舵を切った。
当然、これに対してアルジェリアは激怒。駐フランス大使の引きあげに発展することに。
フランスがアルジェリア外交官ら12人を報復措置で追放 両国関係、危機的レベルに
2025/4/16 07:42
フランス大統領府は15日、アルジェリアの外交官ら12人の追放と駐アルジェリアのフランス大使の召還を発表した。アルジェリアがフランスの外交官ら12人の追放を決めたことへの報復措置で、両国関係は危機的なレベルに悪化している。
産経新聞より
この失敗をやらかしたのがマクロン氏だというのだから、どうしようもないな、マクロン氏も。
スペイン国内では「西サハラをなんとかしろ」という声
で、スペインの話に戻ってくるのだが。
スペインと西サハラの関係は、元植民地だったという関係があって、今、西サハラが非自治地域だという点が問題となっている。既にスペインは西サハラからの撤退を済ませてはいるんだけど、1975年に放棄したハズの西サハラの正当な管理責任国は、今なおスペインのままなのだ。
西サハラを巡るペドロ・サンチェスのジレンマ
ベネズエラにおける米軍の作戦と、ワシントンによるグリーンランド併合の脅迫に対し、スペインが国際法を強く擁護したことで、西サハラ問題におけるスペイン自身の立場が再び精査される事態となっている。西サハラ問題において、スペインは依然として重要かつ政治的に敏感な役割を担っている。
~~略~~
スペインは数十年にわたる植民地支配の後、1975年に西サハラから撤退したが、これによりモロッコとモーリタニアによる同地域の不法占拠が国際法上認められるようになった。ヌアクショットは最終的に紛争から撤退したが、ラバトは依然として西サハラの領有権を主張し続けている。
この状況は、ラバトと、地元住民を代表すると主張する独立派武装組織ポリサリオ戦線との間で、長期にわたる紛争を引き起こした。
「空域は、陸地や海域と同様に、サハラウィの領土の一部である」と、スペインにおけるポリサリオ戦線の代表であるアブドラ・アラビ氏はユーラクティブに語った。
アラビ氏は、西サハラはモロッコとは別の領土であると定めた2024年の欧州司法裁判所(ECJ)の判決を想起させた。そして、「西サハラの人々とその正当な代表者の同意なしに、この地域に関して行われるいかなる行動も、国際法の下では違法である」と指摘した。
しかし、モロッコは西サハラに対する主権を主張しているものの、スペインは引き続き同地域の空域を管理している。1976年以来、スペイン航空管制局(AENA)はグラン・カナリア島のガンドー空港から航空交通を管理している。
EURACTIVより
この事実がモロッコには気に入らないんだよね。スペインは植民地を放棄して撤退してなお、西サハラの管理を続けているのだ。セウタとメリリャのように実質的な支配をしているわけではないのだが、それでも、航空交通を管理していることもあって、目の上のたんこぶといった感じ。
スペインはかつて、サハラ人を見捨てて撤退した事実もあって、西サハラ問題から手を引きにくいという部分もあるという大変ややこしい状況。
更に言えばフランスが色気を見せていることもあって、スペインとしては西サハラ問題から手を引くことで、モロッコとの関係がどうなるのか、というフランスとの間の政治的葛藤がある。
まとめ
要するに、今回のセウタへの大規模な移民流入は、単なる不法移民問題として片付けられるものではない。
その背後には、西サハラを巡るモロッコとアルジェリアの対立、旧宗主国スペインの歴史的責任、さらにはフランスを含む欧州外交までが複雑に絡み合っている。
だからこそ、移民の急増一つを取っても「誰が意図したのか」「何を狙ったのか」という見方が各国で異なり、疑心暗鬼を生みやすい状況になっているのである。


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