これは、AfDは善戦するという予測から、大勝するのでは?という予測に切り替える必要が出てきたかもしれない。
止まらず支持率42%、「ナチス想起」の公約で激論巻き起こす
2026/08/29 22:29
9月6日投開票のドイツ東部ザクセン・アンハルト州議会選挙で、強硬右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が優勢となっており、選挙の結果次第では、州レベルで過激な政策が実施される可能性がある。
讀賣新聞より
前にも書いたがAfDの政策が必ずしも良いとはいえないのだが、ドイツの現状が余りに酷いのでドイツ国民にAfDが評価されているのが実情だ。
そして、その状況について日本のメディアは正確に伝えてはいないようだ。
報道しない自由もある
過激な政策か?
こちらの記事では「極右」とレッテルが貼られていたが、冒頭に引用した讀賣新聞の記事では「強硬右派政党」という整理になっているらしい。

前回は、特にドイツ東部で支持が厚いため、ドイツのための選択肢(AfD)がかなり優勢になっているという分析をした。
その情勢について触れているのが冒頭認容した讀賣新聞の記事であり、AfDが更に優位になっているようだが、その公約がアブナイという評価をしている。
つまり、全体として「ドイツでは極右政党が台頭しつつある」という危機感を強調する構成になっている。
だが、AfDが州議会選で掲げる公約は独国内で激しい議論を巻き起こしている。障害の有無にかかわらず共に学ぶ仕組みの廃止は、「優生思想」に基づいて障害者を「無価値」だとし、社会から隔絶したナチスの記憶を呼び起こす。
標的は教育だけではない。「愛国的な文化政策」を強調し、「非ドイツ的」とする文化への公的資金の拠出停止を公約に掲げる。
讀賣新聞「止まらず支持率42%~」より
確かにこの書きぶりだと、AfDの主張はかなりアブナイ雰囲気を感じさせる。だが、この2項目の評価については、異論があるんだよね。
インクルーシブ教育
ドイツでは、教育においてインクルーシブ(多様性を受け入れる)という政治的・人道的な理想が掲げられて、推進されている。だが、問題点も少なくない。

「共生」というと美しいのだが、勉強の進行度というか、個性の度合いが余りに開き過ぎると、同じ教室で指導することが難しくなるという弊害がある。
インクルーシブ教育では、四肢に障害を持つ生徒以外にも発達障害の生徒も同じ教室で学ぶということで、成功事例の報告もあるにはある。
だが、言ってみれば、違う学年の生徒を同じ教室で教えるようなもの。自主的に勉強が出来る生徒ばかりであれば問題ないが、あっちこっちで指導が必要な生徒がいる場合には、リソース不足で学級崩壊状態になってしまうという弊害がある。
この他、視点に入れられてはいないが、移民として入ってきた外国人を同じ教室で学ばせるということも、同じ問題がある。こちらも言語が通じないという部分で大きな問題があるので、結果的に学習進度の差が大きく出すぎると、調整が困難という意味でインクルーシブ教育と同じ弊害が生まれる。
それでも教室に1人や2人程度であれば、イレギュラーがいても耐えられるのだが、人数が多くなると学級崩壊待ったなしである。
インクルーシブ教育の理想は麗しいけど、現場にスキルと負担を要求するやり方なので、簡単ではないのが実情なのだと思う。ドイツではドイツ国籍を持たない外国人の割合が人口の約14.5%〜16%にもなっているので、既にキレイゴトを言っている状況にない。インクルーシブ教育の理想を維持出来るだけの状況にはないのが実情なんだよね。
愛国的な文化政策
もう1点が、「愛国的な文化政策」の下り。
日本では「愛国アレルギー」を持つ人が結構いるのか、「愛国的な文化政策」と書くだけで大きな問題があるように感じてしまうとは思う。
確かに、「「非ドイツ的」とする文化への公的資金の拠出停止」と表現すると過激に見えるのだが、実態はこれ、バウハウス・デッサウ財団との対立で、AfDがバウハウスへの公的資金の拠出を停止するように求めているという構図のことを指している。
ここで、バウハウスは何なのか?という話なんだけど。
バウハウスは1919年、ドイツのヴァイマールに設立された芸術学校で、近代建築の巨匠の一人とされるる建築家ヴァルター・グロピウスが創設した。しかし、ナチスの弾圧を受けて1933年に閉校している。ナチスがこれを「ユダヤ的、あるいは非ドイツ的で冷徹な、伝統を破壊するデザイン」として激しく攻撃して閉校に追い込んだのだ。
今は、バウハウス・デッサウ財団が建物やその思想を引き受けて、バウハウスの歴史的遺産(建築や作品)を保護・管理し、その思想を現代・未来に向けて研究・発信するドイツの公的な文化財団である。
ドイツ極右の新たな標的、創設100年のバウハウス
2026年8月31日 05:44 JST
本来であれば、バルバラ・シュタイナー氏はバウハウスの100周年記念行事に取り組んでいるはずだった。バウハウスはこのドイツ北東部の小都市に開校した美術・デザイン学校で、後にナチスに閉鎖されたが、図らずもモダニズムの発祥地としての地位を確立した。
しかし、バウハウス・デッサウ財団理事長を務めるオーストリア出身のシュタイナー氏は、100年前のファシズムとの対立を不気味なまでに想起させる、新たな文化戦争に直面している。
WSJより
AfDは、ここと対立して、民族主義、反国際主義、伝統回帰などを理由として、この財団を敵視。
そういう構図なんだよね。
公的資金の使い方は適切なのか?
2019年のバウハウス100周年に、連邦政府や州から巨額の国家予算が動き、デッサウやヴァイマルに豪華な新美術館が建設されている。
しかしこの美術館に対しては歓迎の声ばかりというわけでもない。
ナチスはバウハウスを町から追い出した。そして今、極右勢力はバウハウス運動に対して新たな戦いを挑んでいる
2026年8月27日(木) 05:00 BST
1世紀前にバウハウスのデザイン学校が隆盛を極めたデッサウ市は、ドイツを近代へと押し上げ、世界のデザイン界に革命をもたらした。
~~略~~
「もしこの地域の経済が好調だというのなら、なぜどこにもお金がないのでしょうか?」と、60代のルース・シュルツェさん(キリスト教民主同盟の候補者とは血縁関係はない)は語った。「私はデッサウで生まれ育ち、この街を悪く言うつもりはありませんが、お金がないことが本当に一番の問題なのです」と、経費に苦労しているという広告代理店を経営するシュルツェさんは述べた。
教師のマリア・カリウスさん(40歳)は、主流政党への不満が募るにつれ、極右勢力が政治情勢の正常な一部として認識されるようになったと述べた。
ガーディアン紙より
この記事はAfDに批判的な論調は展開しているものの、社会民主党がバウハウスこそ守るべきだと主張している一方で、巨額公金を使ってバウハウスの美術館が建てられたにもかかわらず、地域経済はかなり不調をきたしている構図を紹介している。
また、AfDを批判しながらも、WELTは以下のようにバウハウスについて評価している。
バウハウスの作品が評価され、様式意識に浸透したのは、それらが有用で実用的だったからではなく、 近代性を象徴するメタファーだったから である。ヴァルター・グロピウスは、「大多数の人々の基本的なニーズは本質的に同じである」という、やや非個人主義的な議論で日用品の標準化を正当化し、標準化されたデザインは「真に必要不可欠」であると主張した。この点においても、バウハウスは近代主義の落とし穴を物語っている。古き良き職人技の想起から、標準化された大量生産の賛美へと至る道は、短命に終わる可能性があるのだ。
WELTより
なかなかに辛辣な評価だが、この思想はAfDの掲げる政治思想と真っ向から衝突してしまう。
つまり、「愛国的な文化政策」とラベリングされているが、その実、かなり政治的な争いなのである。そして、AfDの考えに共鳴する人が多いというのが、ドイツ東部ザクセン・アンハルト州の実情と言えるだろう。
まとめ
報道を起点に、少し語られている内容を調べてみた。AfDが先鋭的なのは間違いなさそうだけれど、ドイツの抱えている社会問題に立ち向かっているのもまた事実である。
そういった側面を全く報じないのは、メディアとしてはどうなんだろうか。
AfDの政策の是非はともかくとして、支持率42%という数字は無視できない。
これが9月6日の州議会選挙でどこまで票に結びつくのかは分からない。しかし、少なくとも「AfDがなぜ支持されるのか」を考えずに、単純に「極右政党が台頭している」とだけ捉えるのは、現状を理解する上では不十分だろう。
それは、まさに有権者の相当数が既存政党や現在の政策に不満を抱いていることを示しているからだ。



コメント
バウハウス的デザインの腕時計を旧東ドイツ領で作っているNOMOSは弾圧されそう
Afdが政権を取ったら、文化政策を担当する省庁に「アーネンエルベ」と名付けませう😁
まぁドイツが滅びようが知った事ではないのですが、実はこの記事の真髄は児玉様の問いにある思う。
なんで歪んだまま、極右とかナチスという決めつけをキチンと調査もせずに日本のマスゴミは撒き散らすのか?
ここに尽きると想うす。
実際、関係ねぇでしょ?
ここに「ドイツが極右化する事よひも困る要素が日本のマスメディアにある」ちう事だとおもうすね。
それは連中が水戸黄門の印籠みたく振りかざしてきた御題目があって、
それはメルケル政権いらいのドイツを一つのモデル、またはスェーデンあたりを目安にしてきたからす。
実際、今のスェーデンがギャングと麻薬とレイプの天国な事は地上波は全く報道しない!!
んで、それは本当にマスコミ人が、心から左派思想を信じてるからでも、
リベラルが社会改革すると信じてるからでもないすね。
(そんなウブな奴がマスコミ業界で残れるはずがない!!)
利権っすよ!
それは温暖化とEVみても解る。
しかし、もっと醜い理由ある!
それはグズでノロマで無能だから!
無能しか残ってないから!
故に彼らマスコミ大手報道機関は、「改革を怖れる抵抗勢力」ならざる得ない。だって彼らの現有する能力では解決てきないんだもの。
冷戦終結後をずっと観てきた者として、こいつらの言うリベラルとは、
ネオリベと車軸の両輪なんす。
片側が脱輪し始めたのには気づいた。
次に寄生する相手が見つからない。
寄生先がないままに、リベラル叩き(というレッテル張りされた正論)がもう無視できないほどに拡大した。
そして、もう新聞、TV、ラジオが束になってもWebに勝てない。
さらに広告主がTVを見捨て始めた。
完全にWeb広告が大手報道メディアを広告料金で抜きましたよね?
んで、その彼らから広告を奪う敵側は、アンチリベラルが優勢だ!
このまま行くと、先は本当に恐竜ごとく死滅が待ってる。
しかし、報道メディアには、もう「有能な人材」が残ってない。有能な奴から逃げ出してるから!
すると末期の大本営よろしく!
「昔の正義を振りかざす」しか「できない」んですよ!
つまりは「無能で資金が底をついて、人材がいないからリフレインしか出来ない」ちうのが「理由」では??
死ねっての!!
AfDがどこまで議席を伸ばすかが焦点になってきました。
与党が9月の州議会選挙に負ければ、メルツ首相は退陣でしょう。
仕方ないですね。これまでドイツは左に傾斜しすぎていましたし。
それが旧東ドイツ地域で否定されたいうのも意味深ですね。